雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第12話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第十二話 背伸びの後に】
「う……ん……」
 勇美は眠りの世界から徐々に覚醒していった。
 そして違和感に気付く。
「あれ……ここどこ?」
 寝ぼけ眼で勇美は呟く。14歳のまだあどけない少女が夢現を彷徨いながら戸惑う姿は愛らしい。
 だんだん覚醒していく勇美の意識。そこは今まで幻想郷で長い間過ごして見慣れた人里の自分の家の部屋でもなく、ましてや最近自分の新しい住処となった永遠亭の優雅な自室でもなかったのだ。
「気が付いたかい?」
 そして、自分の住処では聞き慣れない声が掛かるという『お約束』のシチュエーションが発生するのであった。
 だが、勇美はだんだん今の状況を思い起こしていった。
 まず自分は今日、いつものように竹林で依姫と共に鍛錬に励んでいたのだ。
 そこにもんぺとサスペンダーという二律背反もいい所な組み合わせの出で立ちの少女と出会ったのだ。
 そして彼女は何と輝夜と殺し合いをしに来たというとんでもない発言をした。
 そんな事させないと勇美は意気込んで彼女──藤原妹紅に、自分が勝ったら引き下がってもらうために弾幕ごっこを挑んだのだった。
 そして彼女との激しい戦いの末に、勇美は勝ったが彼女自身も倒れて……そこから記憶がないのである。
 つまり、その情報から導き出される答えは……。
「あなたは妹紅さんで、ここは妹紅さんのお家ですか?」
「うん、だいぶ意識がはっきりしてきたようだね、感心感心」
 妹紅ははにかみながら勇美に言った。
「え、それって何かまずいような……」
 勇美は少し冷や汗をかくような心持ちとなった。何故なら。
輝夜様を殺そうとしていた人のお家でお世話になるなんて……」
 それが勇美が抱いた懸念だった。自分が住む場所の主にとって大敵な者の施しを受けるのは条理的に問題があると彼女は感じるのだった。
「すぐに私を帰らせて下……」
 そう言いかけて勇美の体からゴムを締め上げるような音が、本人の意思を無視して奏でられてしまったのだった。
「あれだけお互い激しい戦いをしたんだ、無理はいけないよ。第一あんたの可愛い腹の虫さんのご要望にも応えてあげないとね」
 先程から何かいい匂いがするのがその引き金となったのだ。
 壮絶な戦いの後眠りに落ちて、その後の疲弊した体に空きっ腹の所にこれは、生き物なら誰も逆らえるものではないだろう。
「反則ですよ、妹紅さん……」
 弾幕勝負には勝ったのに、駆け引きでは完全に負けた。そんな清々しい敗北感を勇美は噛み締めるのだった。
「まあ、私の存在自体『反則』みたいなものだから、言われ慣れた言葉だよ」
「それってどういう事ですか?」
 妹紅の含みのある言い回しに、勇美は首を傾げた。
 それを妹紅は含み笑いを堪えながら言った。
「『綿月依姫』とか言ったっけ? あんたも意地が悪いねぇ……。そろそろ教えてあげなよ」
「そうね、貴方と勇美の勝負も済んだ事だし、頃合いって所かしらね?」
 妹紅に話しかけられて、依姫もその場に現れて言った。
「依姫さん、ずっと私が眠っている間いてくれたんですね?」
 その事実に勇美は胸が熱くなるような心持ちとなるのであった。
「当然でしょ? 貴方にはちょっと意地悪する形になったんですもの。それに対するお詫びのようなものを含める意味でもね」
「??」
 依姫にも含みのある言われ方をして、勇美はますます頭がこんがらがった。
「いかにも訳が分からないって感じね。でも、それは食事をしながら話す事にしましょう。いつまでも湯気と香りの中に晒されるなんて、蛇の生殺しですしね」
「はい、お食事一緒にさせていただきます♪」
 勇美の素直な反応に、妹紅も依姫も微笑ましく感じるのだった。

◇ ◇ ◇

『妹紅宅』で頂く事になった昼食。
 そのレパートリーは白米や味噌汁や漬け物や焼き魚といった、いかにも和食というものであった。
 だが、その味付けは見事なものであった。白米は噛めば噛むほど甘みが唾液に絡め取られて濃厚な味わいになるし、味噌汁は味噌加減が丁度よく味がしつこくなく、それでいて食欲に華を咲かせるしっかりした味であったのだ。
 焼き魚も塩加減が絶妙で魚肉の歯応えを彩り、漬け物も優しく口の中に程よい刺激を与え、他の料理に水を指す事なく寧ろ箸を進ませる立役者となっていたのだ。
 それを勇美は心ゆくまで堪能していた。素朴ながら実に味わい深いものであった。
 そう、妹紅が作った食事自体は文句なしであったのだ。だが、問題は他にあった。
 それを言葉として紡ぐべく、勇美は口を開いた。
「要するに、妹紅さんと輝夜さんって不死身だったという事ですよね!」
 引きつる笑みを浮かべながら、勇美は強めの口調でいった。
「ああ、ついでに言うと輝夜の従者の薬師の永琳とかいう奴もだな」
 妹紅曰く、彼女らは輝夜の能力と永琳の頭脳で生み出された産物、『蓬莱の薬』を飲んで不老不死の肉体となったのである。
「つまり、私はお二人が死んでも生き返る事を知らされないでムキに止めようとしていた、そういう事ですね!」
「ああ」
「それって、私は俗に言う『騙された』って事じゃないんですか?」
 とうとう勇美は言い切った。自分はいいようにオモチャにされて遊ばれていたのだと。
「まあ、そう言いっこなしですよ」
 そこに依姫が笑いを堪えながら入り込んできた。
「そもそも依姫さんが事の始まりでしょ! 私に敢えて説明しないで妹紅さんとの勝負をけしかける形にして」
 勇美は言いたい事をどんどん言う。
「ごめんなさいね。でも、殺し合いなんて、例え生き返っても物騒でしょ? それを貴方は止める事に成功したのよ」
「はい、確かに……」
 そう考えると自分のやった事の意味合いは変わってくるなと勇美は少し考えを改める気持ちとなった。
「それに、貴方にはそろそろ少しハードルの高い勝負をして欲しかったってのもあるわ」
「あ……」
 そう言われて勇美ははっとなった。要は勇美の成長の事を考えてやってくれた事であった。方法はやや乱暴ではあったが。
 そして勇美は胸を手に当てて思い返してみる。予め妹紅と輝夜が不死身だと知っていたら、輝夜と渡り合うような存在に自分は敢えて挑もうとは思っていなかったであろうと。
「依姫さん、ありがとうございました……」
 そういう結論に至った勇美は、心から依姫に礼を言うのだった。
 そんな二人のやり取りの中に妹紅が入ってきた。
「そもそも、私はもう輝夜とは殺し合いをしてないんだよねぇ~」
 その発言がされた瞬間、時間が止まった。妹紅は炎の使い手だというのに、真逆の『フリーズ』を引き起こしたのだった。
「え、今なんて……」
「だから、もう私は輝夜と殺し合いをしてないって言ったのさ」
 呆気に取られながらも何とか言葉を紡ぎ出した勇美に対して、妹紅はあっけらかんと答えた。
「依姫さん、聞いてないですよ。そもそも妹紅さんは殺し合いすらしてないってどういう事ですか?」
「ごめんなさい、さすがにこれは想定外でした。もっと情報を集めておくべきでしたね」
 勇美の突っ込みに依姫は素直に謝る。依姫とてこの事は知り得なかったようだ。
「そういや鈴仙さん、言ってたっけ……」
 勇美はぼやきながら思い返す。彼女が竹林に住み、輝夜と関係を持ちながらも彼女と永遠亭には危害を加えないだろう者がいると言っていた事を。どうやらそれが妹紅だったようである。
「いえ、依姫さん。私も注意不足でした」
 勇美も自分にも非があると認めて謝った。
「まあ、間違いは誰にでもあるから、気にしない事だよ」
 その妹紅の発言を受け、勇美と依姫は呼吸を合わせて決心をした。
「いえ、この場合妹紅さんが一番タチ悪いですよ」
「ですね」
 そう息を合わせて突っ込みを入れつつも、二人は食事を頂いたお礼を言って妹紅宅を後にするのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、永遠亭の休憩室。そこでお茶をしながら話をする勇美と輝夜の姿があった。
「馬鹿ねぇ~、私の為に体を張るなんて。もう私は妹紅とは殺し合いをしてないってのに……」
「あはは……」
 輝夜に痛い所を指摘され、勇美は苦笑いを返すしかなかった。
「でも……」
 手痛い突っ込みを勇美に入れていた輝夜は、そこで流れを変えた。
輝夜様?」
 場の空気が変わった事に、勇美はどうしたのかと頭に疑問符を浮かべる。
「何はともあれ、私の為にやってくれたんだものね。『ありがとう』」
 昔、求婚者達をたぶらかした経験がある輝夜でも、純粋に自分の事を思って行動してくれる人に対しては満更でもないと思い、勇美にその不変のお礼の言葉を投げ掛けるのであった。
 そして、勇美は今この『背伸び』に一切の後悔が無くなったのだ。何故ならこうして妹紅とも輝夜とも仲良くなれる切欠となったからであった。