雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第46話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第四十六話 天上の鎧:後編】
[前回までのあらすじ]
勇美「ねんがんの 緋想の剣をてにいれたぞ!」

◇ ◇ ◇

 要は天子は勇美に『形勢逆転』の切符を奪われてしまったという事であった。
「それじゃあ、遠慮なく使わせてもらいますか♪」
 意気揚々と勇美は手にした『好機』を握り締めるが、彼女はある事を失念していた。
「あなた……持ち手が逆よ……」
「えっ?」
 天子に指摘されて勇美はひっくり返った声を出す。
 その勇美は緋想の剣を利き手でない左手を前にして持ってしまっていたのだ。最早こういう展開でお約束を勇美はかましてしまったのだった。
「……剣の使い方、教えてあげようか?」
 さすがにいたたまれなくなった天子は、相手は敵なのに情けを見せてしまう。
「あ、ごめんなさい……」
 その情けが勇美の心にチクチクと刺さってしまったので、取り敢えず彼女は謝っておいた。
「でも、大丈夫です。私には頼もしい『剣士様』がいますから♪」
「?」
 不透明な勇美の言い回しに天子は首を傾げるが、彼女は構わず次なる行動を起こしたのだ。
「『祗園様』に『ヘラクレス』様、その有り余る力を貸して下さい!」
 再び日本とギリシャの神の組み合わせだ。今度はそれぞれの『英雄』である。
 そして勇美の周りに威圧的なオーラが集まった。
「!?」
 その異様さは天子でさえ怯みかける程であった。
 そんな様子を今しがた勝負を終え、戻って来た依姫と衣玖は見据えていた。
「勇美さんでしたか、あの子やりますね。総領娘様から緋想の剣を奪うなんて。
 これから何が起こるのでしょうか?」
「それは私にも分からないわ」
 そう二人はゆるりと、だがそれでいて決して上から目線でない姿勢で語っていた。
「それにしても、ややはしたないですけど面白いですね、勇美さん。確か昔『セクシーコマンドー』なるものがありましたか」
 衣玖は『相手に無理矢理隙を作る』格闘技の事を持ち出した。
 だが、依姫が出した答えは違っていた。
「いいえ、あの子は本気でパンツを脱ごうとしていたわ」
「ぇー」
 それを聞いて衣玖は露骨に嫌そうな顔をした。
 視点は勇美と天子に戻る。
 英霊二柱の力を集めた勇美の目の前に、金属の部品が着実に収束していた。
 そして部品を全て取り揃えた勇美の分身は、とうとうその姿を露にした。
 それは屈強な肉体に頑丈な鎧を着込んだ、頼もしい戦士の様相であった。機械である筈なのに『筋骨隆々』という表現が極めてしっくりくる。
「名付けて【英騎「クレスソルジャー」】って所かしらね。それじゃあお願いね」
 勇美に言われて、彼女から緋想の剣を受け取る。まるで愛しき姫君から聖剣を授かる騎士のように。当の姫君は先程までパンツを脱ごうとしていた変態姫であるが。
 そして、騎士の命である剣を持った彼はそれを天子に向けて構えた。
「……あなたのナイトは剣の持ち方を間違ってはいないようね」
「とうぜーん♪ マッくんは今、最強の騎士なんだよー」
 と、勇美と軽口を交わし合う天子であったが、彼女には内心余裕がなかった。
 それは、相手の力を見極めるのは緋想の剣であれど、天子自身剣の能力を行使する内に彼女にもそれなりに眼力というものが備わっていったから、彼女にも目の前の存在がいかほどのものか感じられるのだ。
「……来なさい」
 だが、天子とて剣士の端くれ。ここは潔く相手の鋼の騎士を招き入れる覚悟を見せた。
「ふんっ!」
 天子は意気込みながら手を振り翳す。すると彼女の手に石くれが集まっていき、剣の形に変貌したのだ。
 ──緋想の剣を奪われた天子の、即席の剣であった。
 だが、天子の能力で生み出した物だ。決して弱いという事はないだろう。
「それじゃあ、クレスソルジャー、お願い!」
 勇美は相棒の騎士に命令を下すと、彼は唸り声のような駆動音を鳴らした。
 彼が人語を話せたら、きっと『御意』とでも言っているのだろう。
 そして、とうとう鋼の騎士は両手に持った剣を振り被った。そこへ勇美の緋想の剣の能力発動のスペル宣言を行う。
「【戦符「オラわくわくすっぞ」】!」
「何よそのスペル名」
 天子は納得がいかなかった。貴重な緋想の剣発動の文句をそんな大食いの戦闘民族みたいな名前で刻まれるのは誠に遺憾であった。
 だが名前はふざけていても、攻撃の重さは本物であったようだ。
 彼の攻撃に合わせた天子の太刀筋とぶつかり合うと激しい衝撃が走ったのだ。
 剣と剣の力は暫く均衡し合っていた。だが、やはり結果は見えていた。
 天界に伝わる由緒正しき緋想の剣に、天子が今作り出した有り合わせの剣。当然の如く後者の方が不利なのであった。
 緋想の剣に抗っていた石くれの剣。勇ましくもあったそれは、非情な運命を受け入れるが如くヒビが入り……そして砕けてしまったのだ。
「くっ、当然って事ね!」
 だが、ただではやられない天子であった。
 彼女は自身の能力を使い、足元を揺るがすとその反動で跳び上がり後ろに距離を取ったのだった。
「粘りますね……」
 勇美は感心と焦燥が入り混じった心持ちで呟いた。
「忍耐強さが私の取り柄だからね」
 天子は空元気ではあるが威張って見せた。
 そして、彼女の醸し出す雰囲気が変わったのだ。
「幾ら緋想の剣を奪われた私だからって甘く見ない事ね!」
 言うと天子は両手を前に翳す。
「『地を操る能力』は緋想の剣の力ではなくて、私自身の力だって事を思い知らせてあげるわ」
「!?」
 勇美は目を見開いて天子の様子に見入ってしまった。彼女から今までにない気迫が感じられたからだ。
「何をする気なのですか?」
「衣玖にも見せた事のない、私の取っておきよ!」
 そのやり取りを見ながら、衣玖は思った。
「残念!! 私は今見ている訳ですから」
「貴方と天子、お互いに力を隠していた訳ですけど、この場合貴方の勝ちですね」
 等と、まったりと話す衣玖と依姫であったが、依姫はここで気を引き締めて勇美を見据えた。
「さあ、勇美。貴方はどうするのかしら? 敵は本気を出して来たわよ」
 外野の二人がそんな思惑を抱きながら観る中、天子は万を持して未だ見る者の少ないスペルを発動した。
「【護符「ガーディアン天子」】!!」
 すると天子の周りの地面の土がアイスクリームのようにざっくりと抉れ始めたのだ。
 そしてそれらは天子の眼前に集まると、徐々に何かの形に創られていったのだ。さながら巨大な粘土細工の工作である。
 その光景を見ながら勇美は思った。──まるでマッくんのようだと。
 無形の物から新たなる形を創る戦法。それは正に勇美の能力と依姫の神降ろしの力で生み出される彼女の相方、マックスに酷似していたのだった。
 その最中勇美は感じる。借り物の力で戦う事、悪役を好む方向性に加えて(あと貧乳)、何かを創造して戦う所まで共通するのだ。
 この人は色々と自分に似すぎていると勇美は考える。だからこそ彼女はこう渇望するのだ。
(負けられない!)
 勇美がそう思いを馳せる中、とうとう『それ』は誕生していた。
 天使の翼を持った逞しい体躯を持った全長5メートル程の巨人。
 それが天子が抉り出した地面の土で出来ているのだから、まるで『神像』のようであった。
「それが天子さんの切り札ですか?」
「ええ、この力は余り他人に見せた事はないのよ。だから、あなたは私にこの力を使わせた事を光栄に思うといいわ!」
 天子が言い終わると、土くれの大天使は羽ばたきながら足を付け地面を踏みしめた。
 その姿は正に、役目の為に天界から遣わされた天使そのものであった。
 地に降り立った天使は、じっくりと相手の鋼の騎士を見据えた。──これから拳を交える好敵手の事を。
 方や英雄の権化。方や神の使いの権化。この神々しい光景は見る者を圧巻する事だろう。
 暫く睨み合っていた両者。その均衡を破ったのは勇美であった。
 相手は土、自分は鋼。それなら分は自分にあると勇美は踏んでの事であった。
「マッくん、お願い!」
 その指令を受け、鋼の騎士はその屈強な金属の脚を踏み込み腰を入れて土の天使に斬り掛かった。
「迎え撃て、ガーディアン!」
 対する天子も負けてはいなかった。自分が創り出した大地の守護者に指令を送る。
 それを受けて、大地の守護者は鋼の騎士の一太刀をその腕で防いだのだ。
 その瞬間、衝撃が走り辺りを飲み込んだ。
 勇美は思った。この二人の戦いは防御力の高い天子はともかく、生身の人間である自分が巻き込まれたらひとたまりもないだろうと。
 だから勇美は、この勝負の行方を自分の分身に託すのだった。
「くぅ、土くれだと思っていたら、固いですね!」
「まあ、何て言っても、私の能力で創っているからね」
 勇美に言われて天子は得意気に返した。
「まずはあなたの攻撃は防いだ。次は私の番よ!」
 言って天子は指を相手に指して指示を出した。
 すると土の天使はグォォォッと洞窟に風が流れるような声を出して、天子の命令を受けて動き出した。
 そして天使は拳を振り被ると腰を入れて敵の騎士に殴り掛かったのだ。
「させないよ!」
 それに勇美はマックスに指令を送ると、彼は緋想の剣を掲げてその拳撃を受け止めた。
 緋想の剣から中心に再び激しい衝撃が走った。
 ジェットコースターの下りのように地に足が着かなくなるような浮遊感に襲われる勇美。だが、彼女は腹を括り足を踏み込み耐えたのだ。
「『拳の攻撃』は防いだようね。でもこれならどう?」
 天子が言うとその大地の天使は背中の翼で勢いよく羽ばたき始めたのだ。
 それにより強烈な突風が騎士を襲った。
 対して勇美の方も服がはためき、立っているのがやっとの状態となった。
「くぅっ、これだけ風が強いと、パンツ穿いていて良かったと思うわ~」
「……このガーディアンに戦いを任せている訳だから、もうお色気作戦は通用しないわよ♪」
「ぐぬね……」
 痛い所を突かれて、勇美は歯噛みした。最もあの時彼女がパンツを脱ごうとしたのは半分は作戦ではなく本気だった訳だが。
 天使の突風に相手が怯むのを見て、天子は今が好機だと踏んだ。
「ガーディアン、『アレ』をお願い♪」
 その天子の言葉を受け、天使は響く唸り声で応えた。
 そして、天使は足を踏み込むと──その反動を利用して羽ばたきながら宙を舞ったのだ。
「!?」
 それを見て勇美は息を飲んだ。
「驚く事はないでしょ? このガーディアンの翼は飾りじゃないのよ♪」
 天子はそう得意気に言うと、空を舞った守護者に次なる命令を下す。
「ガーディアンよ、そのまま敵を蹴り飛ばしなさい!」
 その指令を受け、天子は一気に翼を羽ばたかせると、屈強な脚を前に突き出して鋼の騎士に突っ込んで行ったのだった。
 刹那、破裂音が辺りに鳴り響く。天使の蹴りが騎士の鳩尾にクリーンヒットしていたのだ。
 その衝撃で騎士は後方に地面を抉りながら押し飛ばされてしまった。
「マッくん!」
 相棒が押される様子に勇美は慌てふためく。
 だが、当の騎士は気丈にも体勢を整えると、勇美にその顔を向けたのだ。
 機械仕掛けの騎士だから表情は伺い知れない。だが、それはまるで『気にするな』と語り掛けているかのようであった。
「マッくん……」
 その健気な相棒の姿に、勇美は涙すら覚えるのであった。そして、とびきりの笑顔で彼に言う。
「私の我がままに付き合ってくれてありがとう、マッくん。それじゃあもう少し頑張ってね♪」
 そのようなやり取りを交わした後、二人は一緒に相手の天使を見据えていた。
 対して天使は華麗に攻撃を決めた事に気を良くしたかのように余裕を見せながら地面に着地しようとする。
 そこで勇美の目の色が変わった。
「今だよ、マッくん!!」
 そして、いきり立って叫ぶ勇美の勢いに弾かれるかのようにマックスは、金属製であるながらも人間のように存在する体のバネを使い大地の天使に対して踏み込んだのだ。
「いっけえーー!!」
 猛々しく叫ぶ勇美に応えるべくマックスが繰り出したのは──緋想の剣を使った足払いであった。
 それは実に単純な行動であったが、着地寸前でバランスを取れていない守護者に対しては効果覿面であったのだ。
「グォォォォッ!?」
 呻きながら彼は体勢をグラグラと崩し、そのまま後方へと倒れ込んでしまったのだ。
「っ!?」
 その先には──主である天子がいた。
 彼女とてただぼおっとして巻き込まれるのを待つような事を好みはしない。
 だが、彼女は相手が足払いという屈強な戦士にやらせるにはやや不釣り合いな手段に出てくるとは思わなかったのだ。
「っぐう……」
 故に天子は対応に遅れ、そのまま高重量の誇る守護者の下敷きになってしまった。
 地鳴りのようなけたたましい音を立てて守護者は、主の天子を巻き込み倒れてしまった。
 ──そして、天子は目を回したまま動かなくなっていた。
「やっ……た……」
 この瞬間に勇美の勝利が確定したのだった。

◇ ◇ ◇

「いや、参ったわ……」
 頭を掻きながら天子は宣った。
「しかし、あそこでよく思い付いたわね」
「いえ、『天子さんは防御力に優れているけど、自分の地を操る能力に耐えられる程ではない』。これは緋想の剣が導き出した答えなんですよ」
 つまり、相手の強い力をそのまま返してしまえばいいと勇美は考えたのだ。要は『矛と盾』の関係である。
「それでも、あなたの手柄よ。いくら弱点は分かっても、それを付けるかどうかはあなた次第だった訳だから」
「ありがとうございます」
 天子に言われて勇美はぺこりと頭を下げた。
 そこに依姫と衣玖も現れた。
「良くやったわ、勇美」
「依姫さん、そちらも終わったんですね。見ていてくれていたんですか?」
 勇美はその事を知って嬉しそうにした。
「ええ、貴方が『パンツを脱ごうとした』時からね。……その事については後で話をしましょう」
「はうっ……」
 やっちゃった。勇美は自分の作戦を些か後悔するのであった。
「自業自得ね」
 天子はそんな勇美をニヤニヤしながら面白そうに見ていた。こういう光景が好きなのは、さすがは悪役を好むだけはあるという事だろう。
「ですが、皆さん。取り敢えず、この後宴会もある事ですし、楽しむ事にしましょう」
「そうでしょう、総領娘様」と衣玖は目配せしながら天子に言った。
「そうね、それじゃあこの後はみんなで楽しみましょう♪」
 そして一行は天界のおもてなし第二幕の、宴会の会場へと歩を進めるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして四人は比那名居邸の通路を会場へ赴くべく進んでいた。
 そこにばっと人影が飛び出してきたのだ。
 何事かと目を凝らした四人。
 そこにあったのは、両手に桃を山ほど抱えながら口にもはしたなく桃をくわえた……豊姫の姿があった。
「むぐう」
 呻く豊姫。
 それに対してその場に言葉を口にする者はいなかった。
 ──最早、言葉が介入する余地はこの空間には存在しない事を四人は良く分かっていたからである。