雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第50話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第五十話 シスターウォーズ エピソード3/4】
 フランドールとの交戦の最中、突如として辺りにヒビの入る音を耳にした一同であった。
 それに対してレミリアは何気なく天井に目を向けたのである。
「!!」
 その瞬間レミリアは息を飲む事となる。何故なら……。
「まさか、天井に……!?」
「どうしたんですか、レミリアさん?」
 様子のおかしくなった相棒へと、勇美は声を掛けた。
「勇美、上を見てみなさい」
 そう言ってレミリアは勇美に目配せをした。
 それに従い勇美も天井へと目を向ける。
「えっ!?」
 その瞬間、勇美もひっくり返りそうな声を出してしまった。
 二人が驚くのも無理はない。ヒビが入る音が響いて来たのは他でもない、天井からだったからだ。
 そこには本当に割れ目が生まれていたのだ。それも、地割れのようにざっくらばんと盛大に。
 そして、気付けばその亀裂はみるみるうちにその規模を広げていったのだ。
 それが一頻り進むと、とうとう天井はガラスの割れるけたたましい音を撒き散らしながら派手に木端微塵となってしまった。
「そんな、天井が……」
 その目を疑うような光景を目の当たりにして、勇美は後頭部を殴られるような衝撃を頭に送られていた。
 勿論レミリアも冷静さを装っているが、彼女の心境も同じであった。
 そして、天井が割れた先には漆黒の闇と、それを彩る、ダイヤモンドの如くちりばめられた星々が幻想的に輝いていた。
「?」
 だがその最中、何かおかしい事にレミリアは気付いたのだ。
 何と言っても、ここは地下牢なのだ。
 そう、本来なら破られた天井の上には、上の階があって然るべきなのだ。
 だがあるのは、澄み渡った一面の夜空なのである。
 これが意味する所は。
「フランに取り憑いている奴、どうやら空間を破壊したみたいね」
 そうレミリアは答えを出した。
 どうやら本当に天井が壊された訳ではなく、フランドールの能力で一時的に天井部分が異空間に繋げられたようであった。
 だが、それは実際に天井を壊された訳でなくて一安心……とはとてもいかなかったのだ。
「……恐ろしいですね」
 そう勇美が言い表す通りであった。今のフランドールの力が規格外の代物となっている事を嫌でも痛感させる事態にしかなっていないのであった。
「ええ、こんなのフランじゃないわ」
 レミリアもそう言い切った。目の前にいるのはフランドールの姿を借りた『化け物』でしかないと。
 そう二人が空気を張り詰めさせていると、フランドールに動きが生まれたのである。
「フフフ……ソノ様子デハ我ガ、単ニ力ノ見セツケニ空間ヲ破壊シタヨウニ思ッテイルヨウダカラ見セテヤルヨ」
 そう言った後、フランドールは両手の手のひらを眼前でピタリと合わせた。
「?」
 何をする気なのか。勇美は息を飲んでその様子を見守った。
 勇美がそうしていると、フランドールはその閉じた両手を目一杯両側に開いたのだ。
 そう、それはまるで弧を描くかのように。
「!」
 その瞬間、勇美は驚いてしまった。今フランドールが弧を描く動作の後に現れていたのだ、本物の弧を描いた弓が。
 そして、その弓は実体ではなく、光輝くエネルギー体で構成されていたのだ。
「弓……?」
 勇美は訝りながらそれを見ていた。まさかフランドールが弓を使うとは思っていなかったからだ。
 そして、フランドールは弧を左手に持ったまま、右手を眼前に翳した。
 すると、その手の内で先程の弧の時と同じように目映い光が発生した。
 その後、フランドールの右手には弧と同じく光のエネルギー体で構成された矢が握られていたのだ。
 ちなみに、その様子をレミリアは特に驚く事もなく見据えていた。
 何故なら、そのフランドールの動作は、レミリアがよく見知ったものであったからである。
 そう、見知った光景である筈であった。──今までは。
 フランドールの一連の動作に違和感を覚えたレミリアは咄嗟に口にしていた。
「お前、何をやっている!?」
 それに対して『フランドール』は尚も相手を見下した態度を取る。
「『お前』カ、実ノ妹ニ、随分ナ物言イダナ」
「うるさい、フランに取り憑いている『お前』など妹でも何でもないわ!」
「オウ、怖イ怖イ」
 完全にレミリアを馬鹿にした様子でフランドールは宣った。
 そうしながら彼女は弓と矢を合わせて持ち、それを──上空へと向けていたのだった。
 そして、フランドールはそのまま、弓を引き絞り、矢を上空目掛けて放ったのだ。
 明らかに、普通の弓矢の使い方ではない。相手は何をしようとしているのだと二人は訝りながら見ていた。
「喰ライナ。 【禁弾「スターボウブレイク」】」
 フランドールが言った後であった。彼女が放った矢を吸い込んでいった夜空が無数の光の瞬きを見せたのだ。
 そして、それは起こったのだ。先程瞬きが発生した所から、光のエネルギー弾が降って来たのだ。
 その光は勇美目掛けて突き進んでいったのだった。
「危ない!」
 そう言って勇美は光の弾を間一髪でかわした。
 空から弾が降って来るとは。だが、この程度なら特に問題なく避けられるだろう、勇美はそう思った。
 だが、現実はそう甘くなかったのだった。
「我ヲ嘗メテイルヨウダナ。コレデ終ワリダト思ッタカ」
 フランドールは怒りと侮蔑と嘲笑の意味が込められた、粘着質の笑みを浮かべながら勇美を見据えた。
 そして、フランドールは右手を頭上に掲げた。
「星々ノ矢ヨ、地上ノ者共ヲ蹴散ラセ!」
 そのフランドールの言葉を合図に再び空から光の弾が発射されたのだ。
 しかも、今度打ち出されたのは、一つや二つではなかったのだ。
 正に星々という表現が馴染む、無数の光の弾が空から、まるで隕石の如く降り注いだのだった。
「これが、空間を破壊して夜空を作り出した相手の狙いか!」
 レミリアは苦々しげに漏らした。
 ──全くを以て、今のフランドールを借りた存在は規格外過ぎるのだ。
「だけど……っ!」
 だからといって、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。紅魔館の平和を取り戻す為にも、何よりもフランドールを助け出す為にも。
 そう思ったレミリアは念を込めると、自分の手に真っ赤な槍を現出させ、勇ましくそれを持ちながら空を切ったのだ。
レミリアさん、やる気ですね」
 その様子を見た勇美も興が乗って来た。
 自分にはレミリアのような槍捌きはこなす事は出来ない。だからやれる事は限られているのだ。
 そう思った勇美の行動は決まったようだ。
「【装甲「シールドパンツァー」】」
 勇美は自分の分身を盾の戦車の形にして形成したのだった。
「お互い準備はいいようね」
「あっ、ちょっと待って下さい。これに手を加えますから」
「何をする気?」
 予想していなかった勇美の言葉に、レミリアは首を傾げてしまった。
「まあ、見ていて下さいな♪」
 そう言って、勇美は新たに追加で神に呼び掛ける。
「『イカロス』よ、その飛翔の力を私に!」
 勇美が言うと、彼女が形成した装甲車両に変化が起こったのだった。
 まず、戦車の代名詞の一つと言えるキャタピラがバリバリと分解されていったのだ。
 そして、その代わりに機体の両端に鋼の翼が備え付けられたのである。それに合わせて機体の形状も変化していった。
 そう、それは正に……。
「まるで、盾を持った飛行機ね」
 そのレミリアの感想が、勇美が手を加えた装甲機の全容を物語っていたのだった。
「まあ、平たい話がレミリアさんの言う通りですね♪」
 勇美はおちゃらけて言った。そして、その『名』を宣言する。
「【甲翼「シールドエアフォース」】って所ですね」
「まあ、何でもいいさ。うまくやってくれそうだからね」
 レミリアも勇美の様子を見て上機嫌のようである。
 そんな弾むような心でやり取りする二人の間にも、敵の攻撃は容赦なく迫っていた。
「来るわよ、勇美」
「ええ、レミリアさん」
 多少浮わついていた二人であったが、ここで彼女らは気を引き締めたのだ。
 グイグイ捻じ込んで来たフランドールが放つ星の凶弾。それに対してまず動いたのはレミリアであった。
「ふんっ!」
 レミリアは踏み込み星々の弾目掛けて飛び込み、そこで槍を振り翳したのだ。
 それに当たった星の弾は弾けるような珍妙な音を立てて粉々に砕けてしまった。
 だが、それで敵の攻撃は終わりではなかったのだ。後に続く光のエネルギーの群れはまごう事なくレミリアへと向かって来たのだった。
「コレデ終ワリダ」
 フランドールは歪んだ笑みを浮かべながら勝利を確信した。
 それは今のレミリアの槍の扱いを見て、これなら次に続く光の群れには到底対処出来ないだろうと、彼女の意識を乗っ取った存在は判断したのだった。
 そして、レミリアに容赦なく光の弾幕は襲い掛かっていった。
 確かに、これ程までの攻撃の勢いであれば、レミリアに命中する弾も多く出てくるだろう。
 だが、レミリアは一切たじろいではいなかった。
「甘いわね」
 そう言い放つと、レミリアは手に持った槍を、軸を中央に持ち回転させたのだ。
 それにより無数に迫っていた弾はその回転する槍に次々に飲まれて、脱穀機に入れられたかのように綺麗に刈り取られていったのだった。
「何ダト!?」
 その、先程まで見せていなかったレミリアの槍捌きにフランドールは驚愕してしまった。
「驚いたかしら?」
 レミリアはにんまりと笑ってフランドールを見据えた。
「まあ、これは私のオリジナルじゃないんだけどね」
 言ってレミリアは、後方で見守っている依姫へと目配せした。
 そう、これはかつて月での依姫がレミリアのスペルの『千本の針の山』を防いだ時の刀捌きと同じ要領なのであった。
「技真似は魔理沙の十八番なんだけどね」
 そう言ってレミリアはおどけてみせる。
 一般的な観念から言えば、かつて自分に敗北を味あわせた者の技を真似るのは自尊心が許さないだろう。
 だが、レミリアは自分が力の向上の為なら、そのような安っぽい自尊心など、どんどんかなぐり捨てる意気込みがあるのだった。
 使えるものは敵であっても味方であっても利用する。それがレミリアのモットーなのである。
 それを依姫も微笑ましく見ていた。
「あの子、粋な事をしてくれるわね」
 さすがは、遊びの範疇ではあるが、私に喧嘩を売った存在だと。
 そんな子だからこそ、これ位やってくれた方が面白いものだと依姫は高揚感を噛み締めるのだった。
 そのようにレミリアの振る舞いを楽しんで見ていた依姫であったが、対して面白くない思いをしていた者がいたのだ。
「チッ……」
 他でもない、フランドールである。
 彼女に今取り憑いている存在は正に、敵の奮闘は憎悪の対称でしかないのだ。故に今彼女に渦巻いているのは、純粋な不快感のみであった。
 だが、彼女はここである程度気を持ち直す。
「ダガ、モウ一人ノ方ハドウカナ?」
 コールタールのようにこびりつくような邪な笑みを浮かべながら、フランドールは視線をレミリアとは別の存在に向けた。
 そう、勇美である。レミリアは依姫から譲り受けた槍捌きで見事にいなしているが、勇美の方はどうなるだろうか?
 彼女にはレミリアのような優れた身体能力は存在しないのだ。そんな彼女が今のフランドールの攻撃に対処出来るのか。
「ご指名ありがとう♪ でも私も嘗められたものだよね」
 そう言って勇美はウィングして見せた。その態度には余裕がある。
「強ガリハ大概ニスルンダナ!」
 下等生物を見るような目で勇美に言うフランドール。いや、現にフランドールに取り憑いている存在は勇美等下等生物以外の何物でもなかったのだった。
「いいえ、強がりじゃないよ♪」
 そして勇美は自身の分身の機体へと念を送った。
 それに応えるかのように、機体はモーター音を放ち、勇ましく猛け始めたのだ。
「頼むよ、シールドエアフォース!」
 勇美がそう言い放つと、それは動きを見せた。
 そこに敵の弾幕が襲って来たのだ。すると、すかさずシールドエアフォースは主人である勇美の前に文字通り飛んで駆け付け、その身で弾幕を受け止めたのだった。
 その瞬間、パキンという小気味よい音だけが辺りに響いたのだ。そう、星の弾が砕ける音だけが……であった。
 つまり、それは勇美の操る飛行装甲には傷一つ付けられていない事の証明であったのだ。
「何ッ……!?」
 これにはフランドールは驚愕するのだった。自分の空間を操っての自慢の弾幕、これをいとも簡単に防がれてしまったのだから。
 暫く唖然としていたフランドールであったが、気を切り換えて言い放った。
「ヤルナ、ダガマグレガ何度モ起コルト思ウナヨ!」
「まぐれかどうかはこれから分かるよ♪」
 そんなやり取りの最中にも、星の弾は容赦無く勇美に襲い掛かっていたのだ。
「マッくん、頼むよ!」
 勇美のその言葉を合図にするかのように、マックスはモーター駆動音を鳴り響かせた。
 そして、次の瞬間であった。マックスは先程のように瞬時に飛び、次なる弾をその身で受け止めて見せたのだ。
 特筆すべきは、それが連続して行われたという事である。
 まるで巣を守る勇猛な蜂の如く懸命に宙を舞いながら主である勇美を守ったのだ。
 それをマックス一機で行ったのだから、その素早さはいかに常軌を逸しているかという事であろう。
 余りにも俊敏な動きをする為に、勇美の周りにはマックスの残像の数々が浮かび上がる事となっていた。
「これは……面白いわね」
 レミリアは非常に興味深げに呟いた。それは彼女がある事に気付いたからだ。
 レミリアは高い力と素早さを兼ね備えたのが強みであり、それが彼女の誇りであるのだ。
 だが、今勇美が操っているのは、言うなれば『守りと素早さ』を兼ね備えた存在と言えるだろう。
 これは中々お目に掛かれないものと言っていいだろうから。どうしても守りを固めると鈍足になりがちというものだ。
 だが、勇美のそれは守りと速さの宿命を無視するかのような反則な存在なのであった。
 レミリアは思った。あいつ(依姫)の洗練された神降ろしの力と、予測不能な勇美の機械生成が合わさると、こうも奇想天外な事態になるのかと。
 幻想郷広しと言えど、──守矢の巫女が言うように、正に常識に囚われてはいけない場所である──これ程までに異端の力はそうは生まれないだろう。
 紅魔館の発展の為にも、この二人とはこれからも友好的に接していくべきだなとレミリアは心の底で黒ずんでいながらも美しい炎を燃やすのだった。
 閑話休題。そのようにレミリアが今後の方針を心の中で打ち立てている最中にも、勇美の『激しい防戦』は続けられていた。
 そして、終わりというものは例外なくやってくるもの。フランドールの攻撃の波も徐々に収まりを見せ始めたのだった。
「クッ、打チ止メカ……」
 そう苦々しげにフランドールは呟いた。そうしている間に、とうとうスターボウブレイクの攻撃は止んだのだ。
「コウナッテハ仕方ガナイ」
 言うとフランドールは次なる動作に移ろうとする。
 その行動は再び光の弓と矢を現出させるというものであった。再度彼女は光弾の隕石爆撃を行う算段のようだ。
 そして、フランドールは最初の時のように弓を持ち、矢に手を掛けた。その時であった。
「【奪符「冥府行き決定の所業」】!」
 その掛け声と共に、フランドールの持つ矢が、何かによって弾かれたのだ。
「!?」
 何事かと驚愕するフランドール。気付けば彼女は手から矢を手離してしまっていた。
 そして、フランドールの手から矢を弾き飛ばした存在は、空中を巧みに動き、宙に舞っていたその矢を見事にキャッチしていたのだ。
 そう、天子から緋想の剣を奪って持ち主を勝機に導いた『盗みの手』は、今回も見事に功績をあげたのだった。
 フランドールから光の矢を奪った『手』は、今回は持ち主の所に帰る事はなかった。
 その奪った光の矢を、レミリアに手渡すように投げたのである。
 そして、勇美は彼女に呼び掛ける。
レミリアさん、それを使って下さい!」
 そう勇美は言った。その訳は勇美は非力な人間であるからだ。
 今では神降ろしの力を借りて移し身の機体を存分に操れるようになった。その力を使えば有効な反撃も自身の手でお見舞い出来るだろう。
 だが、勇美は初心を忘れてはいなかったのだ。故に、奪った光の矢をより有効に使えるのは自分ではないという考えに至ったのだ。
「ナイス判断よ、勇美♪」
 レミリアも、そんな粋な計らいを見せた勇美を労い、親指を上に立てて見せた。
 そして、奪った相手の武器を手にするという、吸血鬼である自分でも中々経験出来ない事態に出くわしたレミリア
 だが、彼女は一切迷う事はなかったのだ。
 何故なら彼女は運命を操る能力の持ち主だからだ。故にいつかこういう事態になる事も彼女にとっては折り込み済みであったのだった。
「さあ、これをどう使おうかしらね♪」
 そうおどけて言うレミリアであったが、答えは既に決まっているのだった。
 彼女は光の矢をその膂力の下、強引にメキメキと折り曲げ始めた。まるで鉄パイプが軋むような耳障りな音が鳴り響く。
 そして、彼女は光の矢を円形に変形させていたのだった。
「ふんっ!」
 続いて、矢先と矢尻の部分にレミリアは力を込めた。
 すると、どうだろうか。その二つの部分はものの見事に、まるで溶接されたかのように接合されたのだった。
 それにより、先程まで光の矢だった物は、今では立派な円形の物体と化していた。
「何か良く分からないけど、凄いですね……」
 レミリアのその芸当を、勇美はただただ感心しながら見ていたのだった。
「他ならぬ勇美のご指名だからね。目を引く演出はしないとね♪」
 そうレミリアはおどけて言ってのけた。
 そして、彼女はやや神妙な面持ちとなって続ける。
「でも、勿論演出だけで終わらせるつもりはないわよ」
レミリアさん……」
 レミリアにそう言われて勇美はこそばゆくも嬉しい心持ちとなるのだった。
「最後の仕上げね」
 そんな勇美の気持ちに応えるべく、レミリアは最終段階へと入る。
「はっ!」
 先程のように気合いを入れると、光の輪に変化が起こった。
 つるりとした流線型の円だった輪に、無数の棘が生えたのだ。それは正に……。
「まるでノコギリみたいですね……」
 その勇美の感想が全てを物語っていたのだった。
 それは丸鋸そのものであったのだ。
「ご名答よ、勇美♪」
 そう言いながらレミリアは空いた方の手の人差し指を立てて見せた。
 そうおどけて見せた後、レミリアは表情を真剣なものへと豹変させてフランドールを見据えたのだ。
 何故なら、これから行う事は失敗は許されないからだ。勇美の為にも、そして──フランドールの為にも。
 その想いを胸にレミリアは遥か上空へ飛び出したのだ。フランドールが空間を捻じ曲げて作り出した夜空へと。
 一頻り飛び上がったレミリアは遥か地上──元は地下牢の床──に立つフランドールを見据えたのだ。その吸血鬼故の優れた視力で。
 当のフランドールに取り憑いている者は取り乱しているようだ。まさか自分の得意の攻撃を横取りされるとは思っても見なかったのだろう。
 故に今が好機なのである。これを逃したら勝機はないかも知れない。
「……」
 そう思いレミリアは無言で勇美に目配せをした後に、じっくりとフランドールを見据えたのだ。
 そして、遂に彼女はそのスペルを宣言する。
「【鋸刃(きょじん)「スタースロー」】!」
 レミリアは力の限りをその光の丸鋸に込めて、体のバネを使い一気にぶん投げたのだった。