雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第54話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第五十四話 虫の皇】
 人里の畑にバッタの群れが襲撃しかけた所を、その後を追って草原までやって来た勇美と依姫。
 そして、そのバッタをけしかけた何者かと対峙する二人であった。
 その者の容姿は茶髪のショートヘアの少女というものであった。この瞬間、緑髪のリグルとは別人だと分かったのだった。
 その事を知った勇美は言う。
「ごめんなさい、人違いでした……。これにて失礼します」
「そうか……」
 その者もどこか申し訳なさそうに返した。
 そして、哀愁漂う雰囲気を醸しながら、勇美はそそくさとその場を後にするのだった。
「って、違う!」
 だが、完全に退散する前にノリツッコミと共に勇美は踵を返してその者の前に戻って来るのだった。
「用は済んだのではないのか?」
 その者はやや呆れたように勇美に指摘した。
 そう言われて勇美は、大きく深呼吸をしてから言い切る。
「そんな訳ないでしょう! 人里の畑を襲う妖怪を追ってここまで来たのですから!」
「成る程のう……やはり事はそういう流れになってしまうのか……」
 そう、その妖怪少女は何処か憂いを帯びながら呟いた。
 そんな様子の妖怪に、勇美は意気込みながら言い切る。
「そういう訳です。あなたを人里の畑を襲わせないように、私が退治しに来たという事です!」
 その勇美の様子を見ながら、妖怪は感心したように言う。
「お主、勇気があるのだな。そういう者は嫌いではない」
「では、始めますか。弾幕ごっこを」
 勇美はいても立ってもいられないといった様子で妖怪をせかす形となっていた。
 無理もないだろう。この勝負が勇美にとって初の妖怪退治となるのだから。
 だが、当の相手の妖怪は実に落ち着いた様子を見せていた。
「まあ、待つのだ。勝負の前に『わし』に名乗らせてはもらえぬだろうか?」
「『わし』?」
 明らかに不釣合いな一人称に、勇美は思わず反復していた。
 そして勇美は、誰か他の老人か誰かが、この妖怪少女の側にいて代わりに話している等の可能性を考慮した。なので、確認の為に質問をする事にした。
「この場に他に誰かいるって事はありませんよね?」
「いや、わし一人だけじゃ」
 これで確証されたのだ。他の者はここにはおらず、更には少女の口から鈴の鳴るような声色と共に『わし』の一人称の台詞が飛び出していたのだから。
 そして、その妖怪少女の他のどこか年寄り臭い口調。
 詰まるところは……。
「『わしっ娘』って事ですね~♪」
 そう言いながら勇美は恍惚の表情を浮かべていた。こんな嬉しい事は中々ない。
「勇美、何ほころんでいるのよ?」
 対して、理解出来ない依姫は勇美にそう言うのだった。
「分かりませんか依姫さん♪ 可愛い容姿に不釣合いなずれた口調の子、最高じゃないですか~♪」
「ええ、分かりません」
 独特の『萌え』のこだわりを語る勇美に対して、依姫は冷たくあしらった。
 それに対して勇美は、『この幸せが分からない依姫さんは可哀想だなぁ~』と見当違いな哀れみを勝手に覚えるのだった。
「はあ……、勇美って時々分からないわね」
 依姫は呆れながらそう呟くしかなかった。
 そして、呆れている者はもう一人いた。
「……のう、話を進めていいかの?」
 当の『わしっ娘』本人であった。
 当事者にまで指摘されて、さすがに勇美は悪ノリした事を内省しながら促した。
「はい、すみませんでした。どうぞ続けて下さい」
「そうか、では名乗らせて頂こう」
 そう妖怪少女は言うと、改まった様子を見せる。
 そして、遂に少女はその名を名乗り出す。
「わしの名前は『皇跳流(すめらぎ はねる)』じゃ」
「かっこいい……」
 思わず惚れ込みながら勇美は呟いてしまった。『皇』という字が、中二病真っ盛りな勇美の感性にダイレクトに直撃したようであったようだ。
 そして、勇美はその喜びを噛み締めたいが為にこんな事を言い出し始めた。
「サイン下さい!」
「いや、この流れでそれはおかしい」
 妖怪少女:跳流は呆れながら突っ込みを入れた。退治をしようと追っていった相手からサインをもらおうとは、何かがずれているとしか言えないからであった。
「ダメ……ですか……?」
 勇美は潤んだ瞳で跳流を見つめ返した。
 それを受けて、跳流は勇美の小動物的な振る舞いに少し心動かされてしまい、折れる事になってしまったのだった。
「分かった、勝負が終わったら考えよう」
「本当ですね?」
 勇美は食い入るように跳流に迫った。
「うむ、わしに二言はないからのう」
 快く跳流は承諾するのであった。
 そして、彼女は面白い者が来たものだと内心密かに喜んでいたのだ。
 ややずれている所があれど、純粋ないい子ではないか。そのような者とこれから一勝負やれる自分はいい経験が出来るというものである。
 そう小さな歓喜を感じながら、跳流は勇美と対峙するのだった。

◇ ◇ ◇

『皇跳流』。その容姿は先程説明した以外の要素は、まず肌がやや褐色という健康的なものであった。
 そして、黄緑色の和服という出で立ちである。
 それも特筆すべきは、勇美のそれと同じく、スカート丈の短い和服という事であった。
 勇美の和服は香霖堂の中を探し回って見つけた特異な一品であったのだ。それと同じコンセプトの服と鉢合わせるという巡り合わせはそうあるものではないだろう。
 ただし、勇美のとは少し違っていた。
 まず、勇美のは小袖であるのに対して、跳流のそれは半袖であった。
 更に極め付きは、跳流は足には何も身に着けていない素足という随分と思い切った出で立ちであったという事である。
 それらの要素に褐色肌というものが相まって、跳流の印象は、ワイルドさを感じさせる事となっていたのだった。
 そのような幻想郷でも目を引く存在であるにも関わらず、勇美は彼女の存在を今まで確かめた事も聞いた事もなかったのだ。
 それは何かおかしいと思いつつも、勇美は地上の事は良く勉強している依姫を頼みの綱に聞いてみた。
 だが、依姫の答えも同じであった。そのような妖怪は見た事も聞いた事もないとの事であった。
 だから、依姫は勇美に忠告するのだった。
「勇美、気を付けなさい。相手は今までにない存在よ。危険な状況になったら私も力を貸すけど、心して掛かりなさい」
「ええ、分かっています」
 勇美も素直に依姫の忠告を聞くのだった。相手は依姫ですら知らない未知数の存在。油断してはならないだろう。
「では、始めましょう」
「そう来なくてはのう♪」
 緊張感走る勇美に対して、対峙する跳流はうきうきした心持で勝負に応じるのであった。
「まず手始めには、やっぱりコレですよ!」
 そう言って勇美は例の如く、神の力で自分の機械の分身を銃の形に造り変える。
「いっけえ! 【星弾「プレアデスブレット」】!」
 勇美が引き金を引くと、星の力の弾はシャリシャリと音を立てて目標である跳流へと向かっていったのだった。
「ほう、いい銃捌きじゃのう」
 感心しながら跳流は呟く。だが、その後すぐに口角を上げて付け加えた。
「じゃが、このわしはそう易々と攻撃を受けてやれはせんな」
 そう言って跳流は懐からスペルカードを取り出し、宣言した。
「【蹴符「武人の英雄の脚捌き」】!」
 次の瞬間、跳流は左足を軸にして踏み込むと、右足を鞭のように華麗に振りかざしたのだ。
 そして、勇美が放った星の弾をいとも簡単に弾き飛ばしてしまった。
「!」
 これには勇美は驚いてしまった。相手の出方を伺う意味の強いこの銃撃であるが、こうもあっさりといなしてしまうとは。
 更に、それだけで終わりではなかったようだ。
 跳流は口角を上げると行動を続けるのだった。
「続いてこれはお釣りじゃ」
 言って跳流は軸足を今し方振り上げていた右足に入れ替え、左足を勇美目掛けて思い切り振り上げたのだ。
 それにより、そこから風の刃が放出されたのだ。
「!」
 勇美はその攻撃に驚愕してしまう。まさか足を振るだけで仕掛けて来る事が出来るとは。
 咄嗟の事であったので、勇美は完全に対応する事が出来なかった。故に機械を生成する力だけを用いて手に籠手のようなものを装着して構えるしかなかったのだ。
 そんな勇美に敵の攻撃は容赦なく突き刺さったのである。
「くぅ……あっ!」
 構えを取っていたとはいえ、直撃を受けた勇美はその場から弾き飛ばされてしまった。そして、その間に攻撃に耐えきれなかった手甲は砕けてしまったのだった。
「っ……!」
 何とか姿勢を立て直してその場に踏み留まった勇美。それを跳流は感心したように見ながら言った。
「ほう、今の攻撃を受け流すとはやるのう」
「……」
 挑発と賞賛の入り交じった跳流の言葉に軽口で返す余裕は勇美には無くなっていた。
 そんな勇美に、跳流は容赦なく言う。
「だが、今のはわしの反撃だったからのう。次はわしから行かせてもらうとするかのう」
 そして跳流は身構えた。
「来る!?」
 そう勇美が読んだのと同時であった。
 跳流は勇ましく地面をその足で踏み込むと、身体のバネを使い勢い良く飛び上がったのだった。
 そして、跳流は宙を舞っていた。まるで太陽を背負っているかのように。
 そこから跳流はスペルを宣言した。
「【連脚「星降るが如く蹴撃」】!」
 すると、跳流はまるで重力をほとんど無視したかのように宙に固定されているかのように留まり、その体勢のまま蹴りを連続で放ったのだ。
 今度こそ攻撃は防いでみせる。そう意気込んだ勇美は次なるスペルを発動した。
「【星蒔「クェーサースプラッシュ」】!!」
 勇美は『金山彦命』と『天津甕星』の力で顕現した星の機関銃を繰り出していたのだ。
 目には目を、連続攻撃には連続攻撃を。勇美はそう踏んだのであった。
 そして、機関銃からは星の乱射が始まる。それらは跳流の蹴りの乱撃へと向かっていったのだ。
「ほう、打ち合いか。面白くなったのう♪」
 跳流は乱打を放ちながら、弾む声でそう感想を述べた。
 そして、蹴りと星の弾による合戦は始まったのだ。蹴撃と弾丸は空中でぶつかり合い、次々とそこかしこに爆ぜが生まれていたのだった。
 勇美は完全に機械から放出される産物に攻撃を任せている。対して跳流はその生身の脚で立ち向かっていたのだ。しかも裸足である。
 故に負担は断然跳流の方が上……の筈であった。だが。
「ちょっとヒリヒリするかのう」
 そう愚痴る跳流には余り今の状況を苦にしている様子はなかった。さすがは強靭な肉体を持つ妖怪故の事であろう。
「う、あんまり効いてなさそう……」
 勇美は呆気に取られながらそう呟くしかなかったのだった。
 その後も連撃の攻防は続いていたが、互いに疲弊してしまったので打ち止めとなったのだ。
 生身で打ち込んでいた跳流は勿論、勇美も機関銃からエネルギーを発射するに至り、自分の霊力を消費しているのだ──断じて無限の力ではないのだ。
 そして、先程の激しさが嘘のように収まり、静けさが辺りに存在していたのだ。
 だが、その静けさは正に『嵐の前の』なのであった。
「わしの攻撃はまだ終わってはいないぞ」
 跳流がおもむろにそう言うと、彼女は宙に『ほぼ』浮いた体勢のまま新たなスペルを宣言した。
「【隕符「皇帝式彗星脚」】!」
 その宣言に乗る形で、跳流は右足に妖力を纏ってそのまま勇美に突っ込んで来たのだった。それは正に彗星の如く。
 これをまともに喰らってはひとたまりもない。そう思った勇美はその攻撃に対処して行動した。
「【装甲「シールドパンツァー」】!」
 そう言って勇美は鋼の化身に守りの命令を下すが。
「速いっ……」
 敵の蹴撃は予想だにしない程速かったのである。
 それにより勇美は盾の顕現が完全には間に合わなかったのであった。
 未完成の装甲車に、容赦なく敵の脚撃が突き刺さったのだ。
 そしてその蹴りは装甲を貫くと、衝撃は本体の勇美もろとも吹き飛ばしてしまった。
「くぅっ……」
 今度は勇美は体勢を取る事が出来ずに地面に倒れてしまった。勇美を引き立てている生足が投げ出され、今回は痛々しさを醸し出す事となっていた。
「すまぬな、ちとやり過ぎたかのぅ」
 その様子を、跳流は頭を掻きながら申し訳なさそうに見ながら言った。
 それは跳流の考え方からであった。相手を意気消沈させて追い込むような戦い方を彼女は望んではいないのだ。
 相手の心を折らずに、可能な限りベストな状態のそれと戦う事を望む。それは正に……。
「あの子、どこか私に似てるわね」
 そう依姫は勇美に聞こえるか聞こえないかの声量でそう呟いた。
 そして、それが依姫の見解であった。つまり跳流の方針は依姫に似通う所があると。
 故に依姫は思うのだった。
(勇美にとって、やりづらい相手ね……)
 そう依姫は心の中で結論を述べたのであった。
 勇美は依姫に憧れ、理想の存在としているのだ。つまりは『到達点』であり『通過点』ではないのだ。
 だが、その『到達点』である依姫と、勝たねばならない跳流が似通っているのだ。
『目標』に似た存在を『打ち倒す』事が出来るのだろうか? 依姫はそう勇美を懸念するのだった。
(でも、勝負は最後まで見てみなければ分からないわね。見届けさせてもらうわ)
 そう思い、依姫はこの戦いの行く末を見据える事にしたのだった。
「ううん……」
 勇美は唸り声を出しながら身体を起こし、跳流に向き直った。そして、このような事を言い始めた。
「跳流さん、あなたは素晴らしい妖怪です。正々堂々としていて、相手の尊重も忘れないなんて立派です」
「そ、そうかのぅ……」
 そのように勇美に言われて跳流はこそばゆい気持ちになり頬をほんのり赤く染めるのだった。どうやら彼女は照れ屋な所があるようだ。
 そう言った勇美は更に続ける。
「だからこそ、私はあなたに負けたくないのです」
「それは光栄じゃのう」
 勇美にそう言われて跳流は鼻が高くなる気持ちとなった。そのように言われて悪い気はしないのである。
 なので、跳流は勇美の次を待ったのだ。
 それに応えるかのように勇美は締め括る。
「私はさっきの跳流さんの攻撃のダメージで長くは戦えません。
 だから、次で勝負を着けさせてもらいます」
「そうか……」
 その勇美の言葉を、跳流はどこか卓越した雰囲気で受け止めていた。
「では、来るのじゃ」
 そして跳流はそう言い切ったのだった。
「はい!」
 それを受けて勇美は勇ましく返事をした。
 続いて、その心意気を行動に移すのだ。
「……」
 勇美は目を閉じて、これから力を借りる神の選択に思いを馳せるのだった。
「よし!」
 そして、勇美の心は決まったようだ。彼女は勝負を決める為のその神々に呼び掛ける。
「『風神』に『金山彦命』よ、お願いします」
 二柱の神に念を送る勇美。するとそれに答えるように彼女の周囲は風が舞い始めた。
 それに続いて勇美の眼前に金属の粒子が集まっていき、みるみるうちに大きな塊を形成していったのだった。
 一頻り塊が集まった所で、勇美はそのスペルの名を口ずさむ。
「名付けて【風砲「メタルシューター」】です」
 勇美がそう宣言した後、直ぐに彼女の目の前には攻撃に十分な鉄の球体が顕現していたのだ。
(私はこれに託す……)
 勇美はそう心の中で呟くと、きりっとした視線で跳流を見据えながら言った。
「これが私の最後の一撃になります。──では行きますよ」
 そう勇美が言うと同時に彼女の周りには風が吹きすさび、荒々しさが醸し出されていた。
 そして、遂に勇美は意を決して現出させた鉄球に念を込めるとそれを打ち出したのだった。
 その球はギュルギュルと唸るような音を立てながら跳流へと差し迫って行っていた。
 そして、もう一息で跳流を捉えるだろう。
 いくら跳流が自分の肉体を捌くのに優れた者とはいえ、この質量と速度を兼ね備え総合的な力量は計り知れない攻撃の前では成す術もないだろう。
 勇美はそう踏んでこの攻撃を跳流に仕掛けたのだ。
 遂に勝負は決まる。そう思われていたが。
「わしの体術への対抗策という訳じゃな。見事な判断じゃ。相手を良く見ている、いい心掛けじゃ」
 跳流はそう勇美へ称賛の言葉を掛ける。しかし、次に出てきた言葉は。
「じゃが、些か読み違えたようじゃの」
「!?」
 予想だにしなかった跳流の言葉に、勇美は息を飲んだ。
「わしは肉弾戦だけじゃないのじゃな。では見せてやろう」
 そう言うと跳流は懐からスペルカードを取り出し、宣言する。
「【蝗符「パズズの熱風」】……」
 宣言後、跳流は右手を前に翳した。するとそこに妖気が集約していったのだ。
 そして、それが一頻り集まると、跳流は掛け声を出した。
「はあっ!」
 そして、それは起こった。彼女の手のひらから一気にむせかえるような熱の波動が放出されたのだ。
 その熱の奔流は勇美の放った鉄球を飲み込んだ。
「!!」
 次の瞬間勇美は目を見開いてしまった。何故なら、みるみるうちに熱の波動がその鉄の珠をチョコレートのように溶かしてしまったのだから。
 鉄を溶かすという荒業を成し遂げた熱風は、そのまま勇美の元へと繰り出していったのだ。
 勇美は渾身の一撃を打ち砕かれ、成す術がなかったのだ。そのまま彼女はその熱風を受ける事となった。
「くうっ……」
 幸い勇美はその攻撃に弾かれる形になったので、直撃されて彼女自身が溶かされる事はなかった。
 そもそも、この熱は跳流が弾幕ごっこである事を考慮して、生物は溶かされないように調整されていたので心配は無用であった訳だが。
 だが、それでも凄まじい威力には変わりはなかった。故に勇美は派手に吹き飛ばされてしまったのだった。
 そして、勇美はしたたかに地面に体を打ち付けてしまった。だが、ここが草原だった為に草がクッション代わりになって衝撃を和らげたのは不幸中の幸いと言えた。
「っ……」
 体に走る痛みにより、苦悶の表情を浮かべる勇美。
 体は思うように動いてくれない。故にこのまま勝負するのは不可能だろう。
 次に攻撃がくれば避ける事は出来ない。それならば勇美が行うべき事は一つである。
 ──だが、その行為をする事を勇美ははばかられる気持ちになるのだった。何か心に引っ掛かりを感じたのだ。
 勇美の心の内で起こる葛藤。それに勇美が戦っている最中に事は起こった。
「ぐっ……」
 突然、勝利を目前とした跳流が苦悶の声と表情を示したのだ。
 彼女は頭を抑え、何かに耐えているようだ。
「済まぬ……。この勝負、お預けという事にしてはくれぬか……?」
 優勢であった状況から一転、深いに体にこびりつく脂汗を掻きながら跳流は未だ地面に突っ伏している勇美に懇願するようにそう言ったのだ。
「跳流……さん?」
 事の流れが読めない勇美は体の痛みに耐えつつも跳流に聞いた。
 それに対して、跳流は苦しそうながらも優しい表情で勇美に言う。
「実はわしは最近になって、永く生きた妖怪バッタの群れが集まって生まれた新しい妖怪なのじゃ」
「そう、だったんですか」
(成る程、それで)
 勇美がその事実に返事を返すのと同じくして、依姫は合点がいった。だから今までこれ程の力を持っていながら確認されていなかったのかと。──誕生していなければ、当然存在などしていない訳であるから。
 依姫がそのような思いを馳せる中、跳流は続けた。
「そういう訳じゃから、まだわしはこの体を完全には制御出来ていないんじゃ。
 だから人里で人間が端正込めて拵えた畑の作物を襲うなんて事をしてしもうたんじゃ。
 わしが悪くないとは言わん。じゃがこれは故意ではない、それだけは信じて欲しい」
 そう切実に言葉を紡いだ後、跳流は最後にこう言った。
「わしは逃げも隠れもせぬ。じゃからまた勝負がしたくなったら再びここに来ると良い。それじゃあの」
 そう跳流は親指を上に立てると、その体を一瞬の内に無数のバッタの群れに分散させるとそのまま何処かへ飛び差って行ってしまったのだった。

◇ ◇ ◇

 後に残されたのは、ようやく体の痛みも収まり立ち上がろうとしていた勇美と、事の一部始終を見守っていた依姫の二人であった。
 依姫は勇美の元へと駆け寄り、抱擁力のある声で言った。
「立てる?」
「はい」
 依姫の気遣いに嬉しくなり、勇美は満たされるような気持ちの下にその体を起こすのであった。
 そこへ依姫は優しく手を貸した。普段なら自分で立つのを待っていたかも知れないが、今回は手を差し伸べたい……そういう心持ちとなっていたのだった。
「ありがとうございます」
 そんな依姫の配慮に、勇美は微笑みで返した。

◇ ◇ ◇

 そして、二人は一先ず永遠亭へと戻って来たのだった。
 まずは戦いによって生まれた心身共の疲労を癒す事が先決だと依姫は考えての事であった。
 そして、依頼の妖怪退治は失敗だと慧音に報告するのはその後でいいだろうと依姫は考えるのだった。慧音は厳格だが、そういう所は寛容であると依姫は知っているからである。
 現在、二人は休憩室で寛いでいた。勿論依姫は見守っていただけだが、勇美が疲弊している事を考慮して付き添っているのである。
 そんな中、勇美が言葉を発した。
「跳流さんって、随分潔い妖怪さんだったんですね、私感心しちゃいました♪」
「ええ、あの子は誠実な子でしたね。私の元にいる玉兎達もああいう所は見習わないといけないわね」
 爽やかに話す勇美に対して、依姫も少しおどけて相槌を打つ。だが、依姫は気付いていた。
「しかし、危ない所でした。跳流さんには悪いけど、あの時様子がおかしくならなかったら私、ちょっと痛い思いをしていたでしょうから」
「そうね、怪我の功名って奴かしらね?」
 饒舌に話す勇美に依姫もまた巧みに返していく。
 だが、それはここまでにしようと依姫は踏んだのだ。そして、彼女は『本題』に入る事にした。
 依姫は一呼吸置いて、それに触れる。
「……泣いてもいいのよ?」
 その言葉を依姫はさりげなく言った。
 それを聞いて、勇美はぽつりと呟く。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて下さいね」
 そして、この言葉を皮切りに、勇美の瞳が潤み、そこから端を切ったように大粒の涙が溢れてきたのだった。
 勇美はしゃくり上げながら抱いていた鬱憤を漏らす。
「私の戦い方が通用しなかった……負けたくなかったー!」
 嗚咽交じりに勇美は心に溜まっていたものを吐き出した。
「よしよし……」
 それを依姫は優しく抱き止めていた。普段はこのような振る舞いは依姫はしないのだが、今回は特別である。頑張って勝てなかった勇美を心ゆくまで受け止めてあげようと想うのだった。
「えぐっ……ぐすっ……」
 涙に打ちひしがれる勇美。だが、そんな最中彼女は思っていた。
『幻想郷』と真っ向勝負をした事、そして依姫が優しく抱き止めてくれている事もあり、この瞬間に心地よさを感じていたのだ。
 母親に悪として叩きのめされるような怒られ方をした時のような悔しさと恨みだけしかないような涙とは違い、優しく包み込み、活力になってくれるような生命の息吹を勇美はこの瞬間受け止めていたのだった。