雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第58話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第五十八話 秘策:後編】
 跳流との戦いを経て、未知なる力を使ってでも勝利へ信念を燃やす事への迷いを勇美は捨てる事が出来たのだ。
 迷いを捨て、腹を括るに至った勇美。そして彼女はフランドールの一部を高らかに掲げたのだ。
 そこに勇美が生み出す金属の部品が集まっていった。──クリスタルを核とする形で。
 加えて勇美はそこから神に呼び掛ける。
「『アルテミス様』、再びお願いします」
 すると狩猟の女神アルテミスの力が金属片と一緒にクリスタルへと取り込まれていったのだった。
「何が起こるのかしら?」
 依姫は感慨深くそう呟いた。何故ならここからは勇美が今まで踏み込んだ事のない領域へと踏み入る事となるからだ。
 それは依姫でさえも計り知る事は出来ないのであった。だから彼女は切に思う。
 ──存分に自分の思うままに戦いなさい、と。
 依姫がそう思う中、勇美の新たなる力はその形を露にするのだった。
「よしっ♪」
 軽やかにそう言うと、勇美はそれを手にしたのだった。
 その物は流麗なフォルムの銃であった。そしてその黄金色に輝くその砲身は神々しいものがあった。
「名付けて【照準「ロックオンハンター」】です!」
 そう宣言して勇美はその美しい銃の引き金を引いたのだった。
 するとどうだろうか。それを合図にしたかのように銃口から次々に黄金色のエネルギー弾が放出されていった。
 それに続いて、目を引く事が起こった。跳流が放ったエネルギーの蹴りに対して、的のようなものが浮かび上がっていったのだ。
 特筆すべきは蹴り『全て』という事であろう。跳流の繰り出したそれらに余す事なく出現していたのである。
「何のつもりじゃ……」
 跳流はそう呟きながらも、何か嫌な予感が走るのであった。そして、それは現実のものとなる。
「準備完了……っと♪」
 そう言って勇美はにんまりと口角を上げた。今までの彼女のその振る舞いから比べて見ても、そのネットリ感は半端ないものであった。
 そして、それは起こった。
 勇美の放った黄金色のエネルギー弾が、一斉にその進路を変更したのだった。
 勿論、その行き先は──ターゲッティングした跳流の蹴りのエネルギー達であった。
「なっ……」
「ファイアー、ってね♪」
 焦る跳流に対して、勇美は意気揚々とした態度を見せたのだった。
 そして、まず1弾目が跳流のそれに命中した。エネルギーとエネルギーはぶつかり合い、相殺される。
 続いて、第2弾、第3弾とも同じようにぶつかっていったのだった。
「綺麗……」
 思わずメディスンは呟く。何故ならその様子は、さながら花火のような流麗さを醸し出していたからであった。
 次々と花火を作り出しながら跳流が生み出した空の牙城を切り崩していく勇美の攻撃。
 更に照準は跳流の弾に出現し、それに続いて黄金の銃口からも同じ色の弾が吐き出され、ぶつかり打ち砕いていく。
 勿論跳流も弾の増員は怠ってはいなかった。砕かれては生み出されるというサイクルが繰り返されていったのだった。
 だが、自分の体術の延長線上で繰り出す跳流に対して、勇美は銃器を用いていたのだ。更にはフランドールから受け取ったパワーユニットのサポートまで受けていたのである。
 つまりは、跳流の方が僅差で分が悪かったのだった。
(まずったのう……)
 そう跳流が思った時には既に遅かったのであった。──とうとう彼女の元にも現れたのだった、例の照準が。
(やれやれ……)
 そう心の中で跳流は呟き、覚悟を決めたのだ。
 そして、その今の好機をずっと伺っていた勇美は迷わずに手に持った引き金を引いたのであった。
 ──一瞬であった。的となった跳流自身に、一筋の黄金色の光線が突き刺さっていた。
「くぬぅ……」
 攻撃をまともに喰らってくぐもった声を絞り出す跳流。そして、彼女は宙に存在していたその体のバランスを崩してそのまま地面へと落下していったのだった。
 跳流は今度は受け身を取る余裕はなく、そのまま地面にその身を叩き付けてしまった。
「ぐうっ……」
 思わず呻き声をあげてしまう跳流。彼女の肉体は妖怪であるが、強かにその地に叩きつけられてはそのダメージは無視出来るものではないだろう。
 そのような状態から、跳流は上体を起こす。
ぐぬぬぬ……」
 思わず唸りながらも彼女はまだ戦う意思を見せていた。この程度のダメージは妖怪たる跳流ならすぐに回復するのだ。
 その後に体勢を立て直して反撃に出ればいい。そう跳流が勝利へのプランを立てている時であった。
「……っ?」
 突然彼女は目眩を覚えたのだ。
 だが、それは地面への激突から来るものではなかったのだ。
 それは、無意識の内に『バッタの群れ』に戻りながら畑を襲撃していた時と同じ感覚。
 そして、彼女の意識の中に声が鳴り響く。
 ──無様だな。そんな不甲斐ないお前に手助けをしてやろう。
 その言葉を跳流は拒否をする。
「余計な真似をするな、これはわし自身のあやつとの勝負じゃ!」
「跳流さん……?」
 突然声量を上げて意味ありげな独り言を言い始めた跳流を心配し、勇美は彼女に呼び掛けた。
 その勇美の対応に跳流は微笑みを見せた。
「敵であるわしを気遣ってくれるのか、否定する輩は多いがその心は大切にすべきじゃぞ」
「……」
 その言葉を勇美は無言で聞いていた。そう言われて嬉しい反面、やはり様子がおかしい跳流の事が心配なのであった。
「だが、済まぬのう。
 見ての通り、わしはこのような有様じゃ。
 じゃからどうやらこの勝負、続けられそうになさそうじゃ」
 だから、早くこの場を離れろ。そう跳流が言おうとした時であった。
「ぐっ……!」
 一際強い呻き声を出しながら跳流は、物凄い形相を浮かべて悶え出したのだ。
「ぐああああっ……!!」
 そして激しく苦しみ出したかと思うと、彼女の体から衝撃がほとばしった。
「っ……!?」
 その異変に驚愕してしまう勇美。そして次の瞬間、それは起こった。
 跳流の体が膨れ上がったか……に見えた次の瞬間、彼女のいた場所から無数のバッタの群れが沸き出るように出現したのだった。
「これは……!?」
 勇美は困惑しながらも誰にともなく質問した。
 それに対して依姫は律儀に答える。
「ええ、彼女と初めて遭った時のように、暴走状態に陥っているようね」
「そんな……」
 その言葉に勇美は当惑してしまう。さっきまで楽しく弾幕ごっこを受けていてくれた存在が、見る影もなく氾濫してしまった事に。
 その事を認識した依姫は、勇美に渇を入れるべく言葉を発した。
「勇美、しっかりしなさい。今のこの状況を収めるに相応しいのは貴方よ!」
「依姫さん?」
 そう言われた勇美は呆気に取られてしまうが、すぐに我を取り戻す。
「そう、ですよね!」
 そう言って勇美はきりっとした表情を見せた。彼女の切れ長の瞳が、より凛々しく見えた。
「跳流さんは私と再戦を受けてくれた上に、楽しんで弾幕ごっこをしてくれた。だから今はその恩を返す時ですね!」
 そう言って勇美は、跳流──であった無数のバッタの群れを見据えた。
「跳流さん、今助けてあげますからね!」
 勇美はその言葉を実行に移す為の神々に呼び掛けた。
 それらは『石凝姥命』と『天照大神』の二柱であった。勇美最大の大技を繰り出す為の組み合わせである。
 そして今回は、『クリスタル・セル』の力が加わるのである。それにより生み出される力は未知数であった。
 二柱の神々の力はフランドールの一部を核として取り込まれていき、そして形作られていった。
「出来た……」
 呟く勇美の頭上には、神々の力で創られた大鏡があった。それも……。
「何て大きいの……」
 そうメディスンが呟く程であった。──何しろ、その大鏡は直径が10mはあろうかと思われる位であったからだ。
 それが勇美の頭の上に、宙に浮く形で存在していたのだ。
 だが、勇美がその神の鏡を現出していた間にも、バッタの群れはその場にいる者達を無差別に襲う勢いであった。それらが起こす羽音が嵐のように辺りに鳴り響いていた。
 ──まるで、跳流の苦しみを表すかのように。
 準備が整った勇美は、呟くように言った。
「跳流さん、苦しいでしょう。今助けてあげますからね……」
 その後、彼女はその救いの手の名を紡ぐ。
「【明符「真実を明かす鏡」】」
 宣言した後、勇美はバッタの群れを指差しながら言った。
「神々よ、お願いします。跳流さんをあるべき姿にして下さい」
 そう勇美が言い切ると、神鏡の鏡面がみるみるうちに目映く輝き始めたのだ。
 その輝きに照らし出されるかのように、群れのバッタ一匹一匹が余す事なく光に包まれていったのだ。
 すると、荒れ狂うようにうごめいていたバッタの群れが落ち着いたかのように穏やかになったのである。
「……旨くいったかな?」
 そう恐る恐るバッタの群れを見据える勇美。
 確かに群れは勇美が放った光を受けて、落ち着きを手にしたかのように見える。
 後は群れが『元』の跳流に戻るのを待つだけである。──そのように思われた。
 だが、それは束の間の事であった。静けさに包まれていたバッタの群れ、それは正に『嵐の前の静けさ』だったのだ。
 再び群れは暴風雨のように激しく暴れまわり始めたのだ。
「そんな……」
 落胆した様子を見せる勇美。だが、落ち込んでいる場合ではない。彼女は新たなる神々に助力を願うのであった。今度は『愛宕様』に『金山彦命』である。そこに当然クリスタル・セルの力が加わる訳だ。
「いっけえ! 【火翔「真・メタルフェニックス」】!!」
 その掛け声と共に勇美は放った。燃え盛り羽ばたく、鋼鉄の不死鳥を。
 巨大な鳳凰と化した勇美の分身は火の粉を撒き散らしながら、一気に翼の生む推進力でバッタの群れへと突っ込んだのだ。そして、炎が竜巻の如く荒れ狂って辺りを飲み込んだ。
 その炎に身を焼かれて、バッタが次々と飛ぶ力を失って地面へと落ちていった。
 だが、全てのバッタではなかったのだった。寧ろ、先程倒したのは氷山の一角と言えよう。
 しかし、メディスンは期待に満ちた目でその光景を見ていたのだった。
「すごいよ勇美! この調子でどんどん鎮圧して行こうよ♪」
 一方ではしゃぐメディスンの隣にいた依姫の表情は芳しくなかったのだ。彼女には『解っていた』からである。
 そんな彼女に答えるべく、勇美は口を開いた。
「依姫さん。気付いていらしたんですね」
「ええ……」
 勇美に言われて、依姫は普段の彼女らしくなく、歯切れの悪い様子を見せていた。
 だが、ここで意を決して言い切る事にしたのだった。
 その空気を察して、メディスンは聞く。
「依姫、どういう事なの?」
「分からないかしら? 勇美はフランドールの力を借りたとはいえ、寧ろ、だからこそ無理をしているわ」
「それってつまり……」
 嫌な予感がして、メディスンは口の中を不快に張り付かせながら呟いた。それに勇美は答える形を取る。
「はっきり言うとね……このスペル、連発出来ないんだ……」
「それって……」
 メディスンの背中に不快感が走る。
 そして、勇美は事実を無情に告げるのだった。
「つまり、もう暫くはあれを撃てないって事なのよね……」
「そんな……」
 その事実を宣告され、メディスンは体の力が抜けていき地に足が付かない感覚に陥らされる。
「それじゃあ、どうするのよ……」
「あの技が撃てなくても、他の攻撃をしてみるわ」
 そう言って勇美は微笑みながら言うのだった、「私の負けたくないって気持ちには自信があるからね」と。
「勇美……」
 そんな勇美の意地らしくも勇ましい態度に、メディスンはただただ感心するのだった。
 その最中、依姫は思っていた。──勇美、貴方はやれる所までやりなさい、と。
 実を言えば依姫に掛かればこの事態の収拾は容易なのだ。だが、勇美の成長の事を考えればギリギリまで手を出さない事に意味があると彼女は考えるのであった。
(でも……)
 それも、今の様子では限界であろう。そう思い、依姫は行動に移ろうかと思っていたのである。
 だが、事態は思わぬ方向に動く事になる。
「見事じゃ、お主の奮闘っぷり。しかと見させて貰ったぞ」
 その声を聞いて勇美は、はっとなった。他でもない、この声は。
「跳流さん、正気を取り戻したんですね」
「ああ、お主の一生懸命さがわしの意識を目覚めさせてくれたようじゃの♪」
 その声は跳流が変化したバッタの群れ全てから聞こえてくるのだから、彼女の表情は読み知れない。
 しかし、もし彼女が人間の姿であれば、実に爽やかな笑顔を称えていた事であろう。
 そして、彼女は言葉を続ける。
「すまなかったのう、わしの暴走でお主には迷惑をかけた。
 そして、こうして自我を保っていられるのも時間の問題じゃ。
 じゃから、この事態はわし自信の手でけじめをつけようと思うのじゃ。
 そこでじゃ、そなたに手を貸して欲しい訳じゃが、協力してくれるかの?」
「協力……ですか?」
 勇美は跳流の意図が分からずに首を傾げるが、すぐに決心し。
「ええ、私に出来る事なら何でもしますよ♪」
 そう爽やかな表情を称えながら言ってのけたのであった。
「そう言って貰えると、こちらとしても嬉しいのう。
 まずは、わしが──」
 勇美の快い返事を受けた跳流は、自分が考えた作戦の内容を読み上げていった。
 そして、それを実行に移す時が来たのだ。
「プレアデスガン!」
 勇美はその手に、使い慣れた星の銃が握られたのだ。
 だが、今のこの状況を打破するには些か力不足である代物である。これで勇美はどうしようというのだろうか。
 勇美がそうしている内に、跳流を構成しているバッタの一匹がエネルギーを溜め始めたのだ。そしてエネルギーを溜める個体はまた一匹、更に一匹と、どんどん数を増やしていったのだった。
 跳流が再び自我を失って暴走を始めたのだろうか? だが、勇美の表情は至って落ち着いたものであった。
「跳流さん、あなたの心意気に感謝します」
 そう言って勇美は手に持った星の銃を、そのバッタの一匹に狙いを定めて……意を決したかのように引き金を引いたのだった。
 銃口から発射された星の弾丸はまごう事なくそのバッタへと命中したのだった。だが、この状況で跳流の肉体の僅か一部を倒しただけでは事態は良好には進まないだろう。
 だが、勇美……いや、勇美『達』の狙いは他にあったのだった。
 星の弾丸を受けた一匹は、エネルギーを溜めていたのだ。故に勇美に射抜かれた衝撃によりそのエネルギーに『火が付く』形となり、爆発を生み出したのであった。
 それは一つの爆発に留まらないかったのだ。一つの爆発が他のバッタが溜めたエネルギーに跳び移り、更なる爆発を生むのだった。
 それが更に他のバッタに跳び移り……それを繰り返していった──つまりは『誘爆』であった。
 爆発の連鎖に飲み込まれた跳流の群れは鮮やかはエネルギーの彩りを空に次々と生み出し、非常に芸術的であった。それはまるで跳流の潔さを目に見える形にしたのかと思える程なのだった。
 だが、勇美は素直にその美しさに酔い知れる事は出来なかったのである。無理もないだろう、これは跳流が自らの体を張って事態の終息を望んだが故の産物なのだから。
「跳流さん……」
 だから、勇美は手を握り締めて事の成り行きを見守る事しか出来ないのであった。
 やがて、極みを見せた『空の芸術』にも終わりが訪れる事となる。誘爆により自分の別の姿であるバッタの群れをことごとく翻弄された跳流は、ダメージによりその形態を保つ事が出来なくなり、それらが一ヶ所に集約していき元の人間の少女の姿へと戻っていったのだ。
「跳流さん!」
 勇美が真っ先にそう叫び彼女に駆け寄り、他の二人もその後に着いていったのだった。
 そして、勇美は跳流の姿を確認する。
 問題ない。五体満足な褐色肌の健康的な少女がそこには立っていたのだ。さすがに先程のダメージによりその和服は所々が痛んでいたが、この状況では勇美はそれに興奮したりという不埒な行為はしなかったのだった。
「跳流さん、大丈夫ですか?」
 勇美は心配そうに跳流に呼び掛ける。いくら相手が強大な力を持った妖怪といえど相当無茶をした事は勇美にも分かるのだ。
「うむ、大丈夫じゃ」
 そんな勇美の呼び掛けに対して、跳流は気丈にもそう言ってのけた。
 その様子に空威張りの感じはなかった。多少は無茶をしているものの、跳流はまだまだ元気なようである。
 そんな跳流を見て、勇美は安堵すると同時に言うのだった。
「跳流さん、全く無茶をしますね」
 勇美のその言葉を聞いて、跳流ははにかみながらこう返す。
「それはお主とて同じじゃろう♪」
 跳流は勇美が切り札を撃てなくなってもなお戦おうとした事を指摘しているのである。
「確かに、ですね」
 跳流に言われて、こそばゆい気持ちの元勇美は振る舞うのだった。
「ところで跳流とやら」
 そんな華やかな雰囲気で話す二人の間に依姫が入り込む。何やら神妙な面持ちである。
「どうしたのじゃ?」
 そんな依姫に跳流はキョトンと首を傾げる。口調は年寄りめいていても、その仕草はあどけない少女そのものであった。
(可愛い……)
 なので、依姫は跳流に対してそんな事を思ってしまったのだった。
 だが、今はそのような場合ではないと心機一転して話を続ける。
「跳流、貴方は得体の知れない存在に意識を乗っとられましたわよね」
「うむ、そうじゃ」
 依姫に指摘されて、跳流はそう素直に答える。隠してどうこうなる事ではないと跳流も分かっているのだった。そんな跳流に、依姫はこう続ける。
「私が神降ろしで呼び出せる『伊豆能売』には、穢れ等を祓う力があります。
 そして、その対象は毒や邪悪な念にも及ぶ事が出来ます。
 つまり、貴方を操っていた邪念も祓う事が出来るという事です。
 その為に、ここは伊豆能売と私に任せてはもらえないでしょうか?」
 つまり、依姫と伊豆能売の力があれば跳流を蝕んでいた邪悪な意識から解放させる事が出来るという事である。
 それは、跳流が一番望んでいた事であった。これで自分を苦しめていた存在から解き放たれるのだ。もう、無意識の内に人里の畑を襲う事もないだろう。
 これ以上ない提案であろう。だが、当の跳流はバツが悪そうな表情を浮かべながら言った。
「そなたの申し出は有難いのじゃが、もはやその必要はなくなったようじゃ……」
「何故です?」
 冷静さを保ちながらも訝りながら依姫は言う。
 その依姫の疑問に答える形で跳流は説明していく。
「どうやら、勇美と力を合わせてわしの体を誘爆させる等という事をした為かのう……。
 あれっきり、わしに纏わり付いていた嫌な感覚がのうなったのじゃ。
 不思議な話じゃがのう……」
 そう言って跳流は照れ臭そうにポリポリと指で掻いてみせる。
 ──何て少年誌的な展開……、依姫はそう突っ込みたくなる気持ちの一方で、それもまた常識に囚われてはいけない幻想郷らしいかと半分納得もするのだった。
「それでは、跳流は伊豆能売の処置を受けなくてもいいのですね」
「うむ、わしに二言はないぞい」
 そう言って、ニッコリと少女らしい笑みを見せる跳流であった。
 依姫にそう接した後、跳流は勇美に向き直って言った。
「おめでとうじゃ、勇美。お主の勝ちじゃ」
 そう今回の勝負の結果を評価する跳流。だが、勇美はここで首を横に降った。
「いえ、この勝負は跳流さんが体を張ってくれたからこそ決着が着いたんです。だから、私の勝ちではありません」
 勇美のその言い分をしかと受け止める跳流。しかし、今度は彼女が首を横に振る番であった。
「いや、あのような事態になったのは、わしらの勝負に忌まわしい何者かが割り込んだ為じゃ。
 ──お主との勝負は、わしが地面に体を打ち付けた時にお主の勝ちに決まっていたのじゃよ」
「跳流さん……」
「さあ、勝者は勝者らしく堂々とするのじゃ♪」
 そう言って跳流は勇美を励ますようにポンと叩いた。その跳流の気持ちに応えるべく、勇美は堂々と胸を張って言う。
「はい、素晴らしい勝負をありがとうございました!」
「うむ、その粋じゃ♪」
 吹っ切れた勇美に対して、跳流はうんうんと頷く。
「そうじゃ」
 そこで跳流は何か思い立ったように切り出した。
「何ですか、跳流さん?」
「お主の勝利を祝って、わしからの餞別をしようかと思っての」
「わぁい、何でしょう。楽しみです♪」
 この時点で勇美は「お礼なんてそんな……」等という安っぽい謙遜はしなくなっていた。この事も彼女の成長を物語る要素となっているかも知れない。
「それはこれじゃ」
 そう言って跳流は鮮やかなグリーンに輝く珠を差し出したのだ。
「わあ、綺麗……」
 思わず見とれる勇美。彼女も女の子である、故に宝石のような物には心が引かれるのであった。
「これは、わしの妖力を凝縮した物でな。
 フランドールとやらの一部を使いこなしたお主なら同じく使いこなせる筈じゃ。
 名前は、名付けて『アバドンズジェネレーター』じゃ」
「要りません」
 勇美は即座に断った。悪徳商法を断る際の正しい断り方の如く。
「それは色々マズいので遠慮させて頂きます」
「いや、お主のスペル名も大概じゃぞ」
ぐぬぬ……」
 そう指摘されて、勇美は口ごもるしかなかった。勇美は勝負には勝ったが、言い合いでは負けたという事である。
「私の負けですよ。跳流さんの餞別、有り難く受け取らせてもらいます」
「そう来なくてはな」
 言って跳流はとうとう勇美に自分の拵えた一品を手渡した。
 それを受け取り、勇美は高らかに掲げ、宣言した。
アバドンズジェネレーター、ゲットだぜ!」
「勇美、貴方も大概よ……」
 似た者同士かと、依姫は頭を抱えながら項垂れるのだった。
(それにしても……)
 そう依姫は想いを馳せる。私と同じタイプの、勇美にとってやりづらい筈だった者に対して彼女は勝利したのだと。
 勇美の成長がますます著しいものとなって来たと、そう依姫は感慨に耽るのだった。