力が欲しい

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【雑記】BLEACH編感想途中経過

『どうしてこうなった? 異伝編』BLEACH編。
 一纏めに書かれていた24話まで読んだ所までの途中経過の感想を書きます。暫くとんぱ氏は腕を痛めていて休業されていたようですが、12月9日から25話以降が再開されたようで何よりです。

 さて、このBLEACH編も楽しく読ませて頂きました。とんぱ氏のセンスの賜物でしょう。
 このBLEACH編での主人公は今までと様相が違ったのですよね。今回は主人公の魂全体から、『童貞を捨てたい』という願望が切り離されて誕生したというイレギュラーな存在です。
 でも、強さは全く弱体化されていないいつも通りのチート性能なので安心して見られます。魂の欠片の筈なのに。
 それから、魂本体は童貞卒業願望が切り離された訳ですから、今後どうなるのか気になる所です。
 童貞卒業が目標なだけあって、今回の主人公は初の男性になっています。しかも、本来敵の役職であるアランカルになるという思い切った試みですね。

 アランカルになるという冒険をしていますが、主人公の倫理観は真っ当な人間のそれのままなので、その辺も安心して読めますね。この部分もとんぱ氏が作品全体に通している安定感と言えるでしょう。

 この作品の一番の目玉は、主人公が男性になった事による、男としての欲に忠実な描写でしょうか。なりふり構わずに美少女、美女にナンパしてしまう暴走っぷりは見ていて楽しいですね。それでいて今までの前世で女性としての経験から、お茶の煎れる方がうまかったり、ナンパの際に弁当を作って迫るというシュールな光景も面白いです。

 そして、原作の悲劇がある程度回避されるというスパロボ的IFも健在です。今回のBLEACH編では東仙と市丸生存が見所でしょう。
 勿論、今回もただ生存するだけではなくその後の活躍する所もあって安心感があります。

 そして今回、小説の力というものをこの作品から感じました。
 それは、例えば狛村の考えを示す『(東仙が)大切なものを奪われていながら、世界を愛する等という聖者のような考えを持つような者でなくて良かった』という表現ですね。
 これは、絵と台詞だけで構成される漫画には出来ない、地の文により登場人物の会話だけでは表現しきれない部分を補うという小説ならではの力と言えるのではないでしょうか。
 その地の文を軽視する人は多いでしょう。作者個人の考えに過ぎないと思う人は少なくないと思われます。その縮図になるかも知れないのが漫画を読めばいいという発想とか、ハーメルンでは地の文が申し訳程度しかなく登場人物の台詞ばかりの作品が人気上位にランクインしている事などですね(後者は原作が人気作品故のフィルター効果もあると思いますが)。
 後、ネットでは一人称の小説→作者の考えではなく主人公の思考により描かれるが故に一人称小説が人気の一因である事にも繋がりそうです。
 しかし、私は作り手の考えが伝わってくる地の文がとても大切だと思っていますね。これが『どうしてこうなった?』を私が好きな理由の一つです。

 後、主人公が藍染を倒した後にアランカルを統率しようとした理由も良いです。
 また引き合いにする事をお詫びしておきますが、東方茨歌仙の華仙の場合は霊夢の強欲っぷりが『個人的に気に入らない』という考えから彼女の性格を矯正する指導を行っていますが、クアルソ(BLEACH編での主人公の名前)はアランカルを放置して置くとその内現世に現れて人間や魂魄を襲うと危惧したが故という、周りを考慮した上での決断になっていて建設的な訳です。
 茨歌仙は意図的に描写の方針を反面教師になるように描いている可能性がありますから、ZUN氏的に見てこのクアルソの行為は『茨歌仙の反面教師としての役割が実った一つの形』という事なのでしょう。
 茨歌仙はこうして、一般的には人気の作品となりZUN氏(と漫画担当のあずまあや氏)の収入になりつつ、とんぱ氏のような非凡な感性の持ち主には反面教師になって完成度の高い作品を生み出す後押しにもなり、ZUN氏にとっては正に一石二鳥なのだと思われます。

 最後に、この作品の一番の冒険は何と言っても崩玉の暴挙により女体化してしまった藍染にあるでしょう。彼も東仙や市丸と同様にして脱獄して活躍するでしょうから、今後の展開が『色々な意味で』気になる所ですね。