雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第75.4話(閲覧注意)

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。
※加えて、この話ではオリジナルの敵キャラが東方キャラに相応しくないレベルの卑劣、外道な言動を取ります。閲覧の際はご注意下さい。そういった意味で話数を整数には加えたくないが為に小数点を用いています。
(登場人物が殺されたり、取り返しのつかない事にはなりませんのでその辺りはご安心下さい)

 【第七十六.四話 勇美のエクストラバトル】
弾幕ごっこをしませんか?』
 それが遠音ランティスから提案された、まさかの展開であった。
 紫の境界の中で、月の民と地上の民の負の思念エネルギーが混じりあって誕生した彼女。
 そして彼女がやった事は月と地上の争いを扇動しようとした事、フランドールを暴走させて紅魔館の住人達も彼女自身も苦しめた事、皇跳流を勇美との勝負の最中に彼女をそそのかし暴走させ……それ以前に元となったバッタの群れを人型の妖怪化させて困惑させた事。
 やる事なす事悪意しか感じられない、それが遠音ランティスであった。
 故に依姫はここで勇美に注意を呼び掛ける。
「勇美、貴方がこのような者と弾幕ごっこをする必要はないわ」
 堅実な依姫にして『このような者』と言わしめさせる、それがこのランティスという存在でなのだ。
 彼女の提案に乗っても勇美のプラスにはならないだろう、依姫はそう勇美を気遣っての発言であった。
 だが、当の勇美はその依姫の気遣いに対して首を横に振った。
「勇美、どうしてかしら?」
 解せぬといった面持ちで以て依姫はそう指摘する。そんな依姫に対して勇美は答えていく。
「すみません依姫さん。あなたが私を気遣ってくれている事は分かります、そしてこの勝負に不安要素しか感じられない事も」
「だったら何故……?」
 依姫は彼女らしくなく困惑の表情を勇美に向けながら問うた。
 そんな依姫に対して勇美はこう言った。
「私は今まで弾幕ごっこをしてきて思うようになったんです。弾幕ごっこには相手との距離を縮める力があるって。
 だから、可能性は低くても、あの人とのわだかまりを解消する事も不可能じゃないかも知れない、そう私は思うんです」
「勇美……」
 勇美がこれ程の事を言うようになった。その事実に依姫は感銘を受けていた。
 そして、こう結論付ける。
「分かったわ、勇美の気持ち、確かに受け止めたわ」
 そう言って依姫は勇美のさらさらの短い髪を丁寧に撫で付けた。そうしながらこう付け加えた。
「思う存分貴方の思うがままに戦いなさい。危なくなったら私がいるから安心しなさい」
 その依姫の心強い声援を受け、勇美は満面の笑みで以て「はい」と答えたのだった。
「では行って来ます」
 そう言って勇美は凛々しい面持ちとなって依姫の元から離れていった。
 そして、遠音ランティスの前へと再び向かい合った。
「それでは弾幕ごっこ、始めましょうか」
「ええ、お願いします」
 淑女のように振る舞うランティスに対して、勇美は可能性と期待を込めて彼女に一礼をするのだった。

◇ ◇ ◇

 こうして勇美とランティス弾幕ごっこは始まったのである。
 そして勇美はこう頭の中で念じていた。
(いつもの弾幕ごっこと同じようにやればいい……)
 相手が如何なる存在であろうとも、あくまで自分のやり方を貫けばいい。勇美はそう自分に言い聞かせていたのである。
 それこそが勇美が今までの弾幕ごっこで渡り合って来た心構えだからである。自分の信じるように戦えばきっと上手くいく、そう思いながら。
 だから、勇美は今まで通りの切り出しをしようと思い立ち、行動に移す。
「プレアデスガン!」
 そう唱えた勇美の手にはいつも通り、星の力を濃縮した銃が握られていたのである。天津甕星の力を借りた勇美の得意武器だ。
「では私から行きますよ。【星弾「プレアデスブレット」】!」
 スペル名を宣言し、勇美はランティス目掛けて星の銃の引き金を引いた。そしてシャリシャリと音を立てながら星のエネルギーの弾丸が相手目掛けて向かっていったのだった。
「お美しい弾幕ですね」
 そうニッコリと微笑みながらランティスは勇美の攻撃を褒める発言をした。
 それに続けてランティスは行動を起こす。
「それでは私も参りますよ」
 深々と一礼しながらランティスはそう言うと、右手を上から斜め下へと振り降ろした。
 すると、その手の軌道から次々と黒いエネルギーの弾が放出されたのだ。
 不気味だが美しいといえよう。それが弾幕の魅力なのだ。
 そして、その黒い弾幕は勇美の放った星々の弾へと向かっていくと、次々にそれらにぶつかっていったのだ。
 それにより互いの弾はパチンパチンと不思議でいて小気味良い音を出して相殺されていった。
 これが弾幕ごっこの醍醐味、そう勇美は思うのだった。
 技と技のぶつかり合い、そこから互いの思いは伝わり合っていく。
 これならうまくこの人ともやり合っていけるかも知れない、勇美はそう期待に胸を膨らませていた。
 そして、気付けば互いの弾は共に消滅して辺りには元の広い空間が存在していたのだった。
「これで仕切り直しですね」
 弾幕ごっこの面白さに胸を弾ませながら勇美はそうランティスに言う。
「ええ、あなたもやりますね」
 対してランティスもにこやかな表情で勇美に返していた。
 一見互いに楽しいやり取りをしているようにこの場は見えていた。だが、ランティスのその微笑みにはどこか影が差していたのだった。
 しかし、取り敢えずはその事をおくびにも出さずにランティスは口を開いた。
「では、次は私の番ですね。まだ私はスペルカードを使っていませんからね」
「スペルカード?」
 それを聞いて勇美は胸が高鳴る気持ちとなったのだ。──この人もスペルカードを使うのかと。
 相手は得体の知れない存在故に、そのような馴染みのある概念とは無縁だと勇美は思っていたのだ。
 だが、今こうしてランティス弾幕ごっこの際にスペルカードを用いてくれた。その事に勇美は心暖まる気持ちとなるのだった。
 勇美がそう想いを馳せている最中、ランティスは右手を翳すとそこに一枚の札──正真正銘のスペルカードがそこには握られていたのだった。
 そのスペルカードの名称をランティスは宣言する。
「【冷炎「フリーズブレイズ」】」
 次の瞬間、ランティスの全身から青白い炎が吹き荒れる。そして、その炎はまるで生きているかのように辺りを舞った。
「よっと♪」
 少し癖のある弾幕だと思いつつも、勇美は慣れた手付きでそれを回避していったのだ。
 攻撃をかわされてどういう反応を取るかと思われたランティスであったが、彼女のそれは意外に落ち着いたものとなっていた。
 これなら避け続けるのも何とかなるだろうと勇美は思った。そして、その合間に反撃の手立てを考えればいい、そう考えていた。
 だが、事はそう上手くはいかなかったのである。その事に勇美は徐々に気付いていく事となる。
「あれっ……」
 勇美は感じていった。周りの温度が些か低くなっており、肌寒さがふつふつと彼女に纏わりついているのだった。
 そして、事態はそれだけに留まりはしなかったのである。
「えっ!?」
 勇美は驚愕して思わず声をあげてしまった。何故なら、辺りの床が雪まみれになっていたからである。
「お気付きになられましたか? これが私の『フリーズブレイズ』の力ですよ」
 驚く勇美を、さぞかし満足そうに見据えながらランティスはそうのたまった。
 その彼女の表情は実に充実したものとなっていた。冷気で体力を奪い、雪の足場で動きの自由を奪う。やはりこの者の性質はそのように歪んでいたのだ。
「お気に召しましたか?」
 あくまで紳士的に振る舞うランティスであったが、このようなスペルを展開する時点で既に邪悪な本性は隠せずにいるのだった。
 だが、相手は『弾幕ごっこ』をしてくれているのだ。故に勇美はこう答えるのだった。
「ええ、素敵なスペルですよ♪」
 勇美はその言葉に半分は皮肉を込めたが、半分は本当に面白いスペルを見せてくれた事への感謝を込めての事であった。
「それじゃあ、私も面白いものを見せてあげますよ」
 そう言うと勇美は次なる神へと呼び掛けをするのだった。
「『マーキュリー』様、『ネプチューン』様、お願いします」
 勇美がその二柱へと念を送ると、彼女の操る機械へと神々の力が取り込まれていった。そしていつものようにその形を変化させていく。
 そして、出来上がったものは板状の物体であった。勇美はその代物の名を口にする。
「【渡符「スノウサーファー」】ですよ」
 そして、スペル名宣言後、勇美は意気揚々とその板状の物へと両足を置いたのである。
「それじゃあ、行くよ~♪」
 勇美のその言葉を合図に、その板状の物体は雪に埋もれたフィールドを突き進み始めたのだった。
 そう、今の勇美の姿はサーフィンをする人そのものであった。彼女は雪の床を海に見立ててサーフィンを始めたのである。
 その姿は実に様になっていた。勿論、神の力を受けたボードの効能もあるが、数々の弾幕ごっこにより鍛えられた勇美のセンスもものを言っているのである。
 颯爽と雪の中を舞うように駆け抜ける勇美。そして、その状態で攻撃する事も忘れてはいなかったのだ。
「こっちの事も忘れてもらっては困りますよぉ~」
 そう言いながら勇美は続けて顕現させている星の銃の引き金をランティス目掛けて引いた。
「……」
 ランティスは無言かつ無表情となるが、あくまで落ち着いた態度でそれに合わせて黒い弾を射った。
 そんな彼女は当然自分のスペルで作り出した雪の空間故に足を取られているような事はなく、端から見ればランティスが優位に見えるのだった。
 だが、そのような状況でも勇美は臆する事はなく巧みにボードを駆りながらフィールドを縦横無尽に駆け巡り攻撃を加えていったのだ。
 つまり、勇美は勝負の流れを自分に引き込んでいっていたという訳である。
 両者の弾は一見均衡を保っているかのように見えたが、徐々に勇美が押していっていた。
 そして、勇美が放った一撃が、ランティスの弾を彼女の至近距離で弾けさせたのである。
「ちぃっ……」
 その爆ぜに、ランティスは舌打ちをしながら怯んでしまったのである。
(やった!)
 それを見て勇美は、流れが自分に向いている事を実感して、心の中で歓喜した。
 対して、ランティスは無表情となっており、その考えが読めない状態となっていた。
 だが、彼女は深く息を吐くとこう言った。
「はい、この催し物はこれでおしまいにしましょう」
 その言葉に答えるかのように、辺りを支配していた雪は、まるで最初から存在していなかったかのように忽然とその姿を消滅させてしまったのだった。
 それにより勇美は宙に放りだされる事となったが、幸い彼女が今操るボードにはホバリング機能も搭載されていたので彼女は無事に地面へと着地出来た。
「あれ、終わりですか?」
 折角興が乗って来た所なのに残念だなと思いながら勇美は言った。
 そんな勇美に対してランティスは尚も無表情を貫いていた。
「お楽しみの所悪いですが、これはもう終わりです。ですがご安心下さい。もっと面白い催し物をご覧にいれますので」
 そう言い始めたランティスには僅かながら笑みが戻っていた。
「……」
 それに対して勇美は嫌なものしか感じられなかったのである。彼女が嬉しそうにする時は良からぬ事しか考えていない、この短時間でも勇美にはその事を理解しているのだった。
 勇美がそのような感情を懐く中、ランティスはもう一度右手を翳す。
 そして気付けば再び彼女の手にはスペルカードが握られていたのだった。そのスペル名をランティスは宣言する。
「【制裁「ジャスティスエグゼクト」】」
 その宣言の後、ランティスは体を宙に浮かせ、飛び上がった。
「飛べるんですか?」
 ランティスが空を飛べる事実に勇美は驚く。その様子を彼女は満足気に見据えるとこう言った。
「ええ。ですが見所はそれだけではありませんよ」
 言うとランティスは指を地上にいる勇美へと向けた。
 するとどうだろうか。そこに無数の黒いエネルギーが次々に集まっていったのである。
 そして、驚くべきはその継続時間であった。いつまで経ってもそのエネルギーの収束が終わりを見せる気配がなかったのである。
「いつまで続くんですか?」
 勇美はおののく態度を隠せずに至ってしまう。そんな彼女に追い討ちを掛けるようにランティスは言う。
「いいですねえ、その立ち振る舞い。そんなあなたにいい事を教えといてあげましょう」
 そう語るランティスの笑顔は最高潮のものへと変貌していた。
「このエネルギーはですね、私と同じ、月と地上の民の意識の集合体から送られて来ているんですよ。
 最も、私のように意思を持つには至らなかった念の塊ですけど」
「……」
「ですが素晴らしいでしょう。みんなあなたを懲らしめたくてそのエネルギーを私にくださってくれているんですから。私もそんな皆さんの気持ちには早く答えたいですよー」
 勇美はそのランティスが語る真実を聞いた時、こう思った。
 ──まるで自分を倒す為に元気玉を作り出された魔人ブウのような気分だと。
 その時の彼は完全な素体となっており、感情のようなものは有していなかったが、もし感情があったらどんな気持ちとなっただろう。
 ランティスはこのスペル名に『ジャスティス』という語を用いた──すなわち『正義』という事である。
 それは彼女にとって紛れもない正義なのだろう。みんなの意思で一つの存在をよってたかって潰しに掛かる。それがランティスの正義なのだ。
(でも……)
 この瞬間、勇美は自分が『悪』を目指している事を誇りに思えてきたのだった。何故ならこうして一方的に裁かれる『悪』の気持ちを知る事が出来たのだから。
 その事に結果的に気付かせてくれたランティスに僅かながらの感謝の念を込めて、勇美は凛々しい表情で彼女を見据えたのである。
「な・ん・だ、その目はぁー!!」
 それにはランティスは心底面白くなかったようである。弾幕ごっこ中は隠していた本性を気付けば余す事なくさらけ出していた。
「そんな調子に乗った態度もしていられるのも今の内だ! おめえをぶちのめす為のエネルギーはもう十分に集まったんだからなぁ!」
 そうランティスが宣言した通り、彼女の指の先には極大の漆黒のエネルギーの塊が作り出されていた。
 明らかにそのような代物をぶつけられてはひとたまりもないと分かる規模となっていた。
 だが、勇美は今度はそれには臆する事はなかった。
 何故なら勇美には神の力がついているからである。彼女がすべき事は、それを信じ切る事だけであるのだ。
 そう勇美は思い立ちながら、今の驚異に立ち向かうべく身構えていた。
 それに対して、とうとうランティスは行動を起こすのだった。彼女は右手に念を送った事により、そこに溜まったエネルギーが一気に膨張した。
 次の瞬間、それは無数の線状へと変貌したのである。
 それは光線ではなかった。曲線を描きながら、まるで蛇のようにうねりながら群れをなして勇美に襲い掛かっていったのである。
 しかも、四方八方360度、あらゆる方向から勇美に対して襲い掛かっていったのだった。それをランティスは実に爽快といった様子で見据えていた。今度は避けるなんて癪な真似は出来ないだろうと、弾幕ごっこに挑む者として大問題な考えを抱きながら。
 直線なら石凝姥命の力で反射してしまえばいいが、何せ相手が使って来たのは無数の曲線なのだ。
 だが、尚も勇美には動じる様子はなかったのだった。きりりと凜々しい表情を決めて、今彼女に迫っている驚異に対して目を背ける事なく見据えていたのである。
 そして勇美はこの状況を打破すべく、次なる神に呼び掛けるのだった。
「まずは、石凝姥命よ」
 そう言うと勇美の前に鏡を持った女性の像が浮かび上がる。
 しかし、彼女の『やたの鏡』の力では正面からしか対処出来ないだろう。
 いや、その表現は少し違っていたのだった。彼女の力『だけ』ではであった。
 そう、勇美は次なる神に呼び掛けをしたのだった。
「続いて、『金山彦命』よ、お願いします」
 勇美が言うと金属の神『金山彦命』と先程呼び掛けた『石凝姥命』の二柱の力が混じり合って取り込まれていったのである。
 その取り込まれて行った先は、勇美自身の所であったのだ。今までは彼女が顕現した機械に取り込まれるのが主だったのに対して、今回はそれが無かったのである。
 だが、心配はいらなかったようである。勇美に取り込まれて行った二柱の力により、彼女自身に装備がなされる事となったのだ。
 それは、全身を覆う鎧であった。その鎧の名を勇美は高らかに宣言する。
「名付けて【鏡装「ギガミラーアーマー」】です」
 そう、それは表面が鏡のように磨きあげられた立派な鎧であったのである。その鎧が勇美を完全に護る形で顕現していたのだった。
 そして、とうとう勇美に対して無数の漆黒の蛇が襲い掛かっていったのだ。だが……。
 そのエネルギーの一つが、まるで勇美に喰らい付かんとした所、それは見事に鏡の鎧に弾かれてしまったのだった。
「ああっ!?」
 それを見たランティスは表情を歪ませて睨み付けていた。
 その後も勇美にエネルギーの蛇は襲い掛かるが、ことごとく彼女が纏っている鏡の鎧に弾かれていってしまったのだった。
 そして、勇美にとって待っていた好機が訪れたのである。
 確かにランティスが放ってきた攻撃はほとんどが曲線を描く代物であった。しかし、当然それは全てとはならなかったのだった。
 彼女が放った物の内、正面から打ち出されたものは、極めて直線に近かったのである。
 それが勇美の狙い目であった。彼女は臆する事なくそれを鏡の全身鎧で受け止めた。
 すると、その直線のエネルギーを受けた箇所が眩く輝いて滞留したのである。
「いっけえー!」
 そして、勇美がそう叫ぶと同時にそのエネルギーの滞留は弾き返され、ランティスに向かって一直線に突き進んでいったのだった。
「グッ!?」
 今まで余裕を決め込んでいたランティスには、それを回避する手立てなど存在してはいなかったのである。まさか自分の攻撃が自身に返ってくるなどとは思ってもみなかったのだから。
 そして、とうとうそのエネルギーの奔流は飼い主へと牙を向いたのだった。
「グギャアアーーー!!」
 思わぬ反撃に、ランティスは淑女の見た目らしからぬおぞましい呻き声をあげながら攻撃を受けていった。
 そして、その瞬間勇美を護る鏡の装甲は解除されたのだった。何せあらゆる方向からの攻撃を受け流す反則的な護りの力故に、長い時間発動している事は出来ない代物なのだ。世の中うまい話はないという事である。
 だが、今の攻撃は確実にランティスを捉えて決定打を生み出したのである。今まで宙に浮いていた彼女は、その余力がなくなり地上へと再び舞い降りてきたのだった。
 効いてる。勇美はそう思った。この調子でいけばこの人にも勝てる、彼女は期待に胸を膨らませるのだった。
 だが、勇美のその考えは浅はかだと知らしめさせられる事となるのだった。
 地に降り立ったランティスは暫くうつむきその表情が伺い知れかったが、彼女は一気に顔を上げて勇美へと視線を向けたのだ。
「!!」
 それを見た勇美は声が裏返りそうになる事となった。何故ならその表情はこの世の憎悪を一身に掻き集めたかのようなおぞましいものであったからである。
「よくも……よくもこの私に盾突いてくれたなぁーーーー!!」
 そう吼えるランティスは人型を取っているが、本能で動く獰猛な獣同然……いや、それよりも身の毛のよだつ何かのような様相となっていた。
 それを見て勇美は思った。ただ『怖い』と。だがそれでも彼女は弾幕ごっこをしてくれている彼女とは渡り合っていけると信じてランティスの次の行動に身構えようと心に決めたのである。
 だが、そんな彼女の切実な想いは実に淡いものだと思い知らされる事となる。
 勇美が身構えていると、突如として彼女の前の空間に亀裂が入った。そう、ランティスが最初に現れる前に発生したそれと同じ代物であった。
 そして、その中から八雲紫の姿が現れたのである。
「紫さん!」
 その、先程遭ったばかりであるが、確かに絆の生まれた者を見て勇美は安堵する。無事だったのかと。
 だが、次の瞬間紫は思いもよらぬ行動を取る事となる。
「っあ……!!」
 勇美はまともに声にならない呻き声をあげていた。一体自分の身に何が起こったのかすぐには理解出来なかったのである。
 そして、ようやくそれを分かる事となる。──紫が自分に拳による攻撃を加えていたという事実を。
 確かに紫は体術は得意ではない者である。だが、それはあくまで妖怪の中での事なのだ。人間に対しては十分驚異となる。
 ましてや勇美は妖怪退治の訓練など受けていないれっきとした生身の人間なのである。
 それが意味する所は、勇美は今受けてはいけない攻撃を受けてしまったという事であった。
 そして勇美はそのまま倒れ、地面に体を強かに引きずってしまったのだ。倒れた勇美からは反応はなかった。
「勇美!!」
 その瞬間依姫は弾かれるように行動を起こしていた。勇美に素早く駆け寄ると、彼女の側で伊豆能売の力を発動していた。
 本来はこの神の力は穢れを祓うものであるが、穢れには『死』という概念も含まれるのだ。
 故に、勇美から死を遠ざけ、彼女を回復する力は十分にあったのである。この行動により勇美の傷は癒え、彼女は意識を取り戻す事となる。
「う……ん」
 徐々に意識が覚醒していく勇美。その姿を嘲笑うかのようにランティスはのたまう。
「ちっ! 生きていやがったか、死に損ないめ」
 それに対して依姫は、彼女が普段見せないような物凄い剣幕でランティスを見据えながら言った。
「貴方、人間の勇美に妖怪の紫の力で攻撃を加えるなんて、何を考えているの!?」
 その訴える姿勢を見せる依姫に対して、ランティスは憮然とした態度で言う。
「さっきので弾幕ごっこなんて取るに足らない事を私にやらさせたって分かったからな。こう『ガス抜き』でもしておかないと私の腹の虫が収まらなかったって訳よ」
「……」
 ランティスの主張に対して依姫は無言となっていた。もうこの者には『何も言う事はない』と思っての事であった。
 依姫とランティスがそのようなやり取りをしている最中、勇美は完全に意識を取り戻したようだ。
「依姫さん、伊豆能売様、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「勇美、余り喋らない方がいいわ」
 勇美の容態を気遣って依姫はそう彼女に言う。しかし、勇美はここで言っておかなければいけない事があるのだった。
「依姫さん……痛かったです……」
「ええ、無理もないわ。紫のような大妖怪の力に人間の勇美が耐えられる訳がないのだから」
 そう勇美を気遣う依姫の表情は、全てを包み込むかのような実に穏やかで慈愛に溢れたものであった。
 そんな依姫に対して勇美は言葉を返していく。
「勿論それもあります。私はあの時本当に死ぬんじゃないかと思った位ですから。
 でも、それと同じ位に、あの人が弾幕ごっこを最後までやってくれなかった事が痛いんです。弾幕ごっこを一緒にすれば分かり合えるって私は思っていましたから……」
 そう言った後、勇美の頬を一筋の涙が伝っていた。その様は決して女々しいものではなく、寧ろ雄々しさすら感じられる程であった。
 その様子を見据えていた依姫は、とても澄んだ声で言う。
「勇美の気持ち、私が確かに受け止めたわ。安心しなさい、貴方の無念は『私達』が晴らしてあげるから」