雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第75.6話(閲覧注意)

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。
※加えて、この話ではオリジナルの敵キャラが東方キャラに相応しくないレベルの卑劣、外道な言動を取ります。閲覧の際はご注意下さい。そういった意味で話数を整数には加えたくないが為に小数点を用いています。
(登場人物が殺されたり、取り返しのつかない事にはなりませんのでその辺りはご安心下さい)

 【第七十五.六話 計らずに始まる実戦:前編】
 遠音ランティスとの弾幕ごっこをこなしていった勇美。それにより彼女とのわだかまりが少しでも解消される事を願って。
 だが、結果はランティス弾幕ごっこ放棄という形に終わった。八雲紫を操り、人間である勇美に直接攻撃を加えるという暴挙に出たのだった。
 やはりランティス弾幕ごっこは馴染むものではなかったようだ。彼女は自分は傷つかない安全圏の元、誰かを自分の思い通り操り動かすのが至上の喜びであるようだ。そのような者に互いの信念のぶつかり合いである弾幕ごっこは水と油のようである。
 そして、依姫はそんなランティスに対して何も語ろうとは思わなくなっていた。──要は彼女を見限ったのである。
 最早、後は行動に出るだけである。だが依姫の言った台詞にランティスは粘着質に絡んで来たのだった。
「『私達』って、テメェは数も数えられなくなったのかぁ? そんなの幼稚園児でも出来るぞ?」
 そしてランティスは一息置き、続けた。
「よく状況を見ろよ? この場にいるのはそのカスとテメェだけだろうが!?」
 その辛辣な指摘を前にしても、依姫は動じる事はなかった。
「まず勇美をカス呼ばわりするなんて何人たりとも許さないわよ。……まあ貴方は絶対に訂正する事はないでしょうから、覚悟くらいはしておく事ね」
「あぁ!?」
 心底下らない戯れ言を言うものだと、ランティスは面白くないといった態度をあからさまに取る。
 だが、依姫の話はこれで終わりではなかったのだ。今の事実を如実に突き付ける為に依姫は続ける。
「確か、『数も数えられないのか?』『よく状況を見ろ?』だったわよね? その言葉、そっくりそのまま貴方に返させてもらうわよ」
「何言って……!?」
 言い切ろうとしたランティスであったが、どうやらそれは叶わなかったようだ。憮然極まりない態度を取る彼女とて、『それ』を感じとる位の感性は存在していたのだから。
「まさか……?」
 そうランティスは呟きながら視線をある一点へと向けた。
 すると、その場所の空気の流れが変わり、そして満を持したかのように現れたのだった。
 そして、それは起こったのである。何もない空間に突如として開いた裂け目……。
 妖しくあるが、今となってはどこか風情すら感じられるその概念。
「紫さん!」
 その空間の持ち主の名前を勇美は口にしていたのである。
 そして、それに応えるかのように裂け目は広がり、その中から八雲紫その人が現出したのだった。
 裂け目から抜け出た紫は、そのまま優雅に床へと降り立った。そして、にっこりと勇美へと微笑みを見せたのだ。
 それは普段の胡散臭さの存在しない、極めて純粋な笑みであった。
「紫さん……無事だったんですね……」
 その事を確認出来て安堵の様子を見せる勇美に対して、紫はその笑みの中に憂いを含ませながら言う。
「勇美さん、謝って許してもらえる事じゃないかも知れないけど……ごめんなさい」
 そう切実に勇美に、自分がした事の謝罪を述べる紫。だが、そこで勇美は首を横に振るのだった。
「ううん、紫さんは悪くないよ。あれはランティスに操られてやったんだから」
「勇美……、そう言ってくれると嬉しいわ」
 そう言って紫は勇美に心地よい笑みを携えて見せたのだ。だが、ここで勇美に疑問が生じていた。
「でも紫さん、一体どうやってランティスから解放されたのですか?」
 もっともな疑問である。紫に巣食い、彼女を裏からも直接的にも好き放題操っていたランティスから、一体どうやって解き放たれたというのか。
 その勇美の疑問に、紫は丁寧に答えていく。
「それは、『伊豆能売』の力ですわ。あの時依姫はその力であなたを助けると同時に、私に向けても効果を発揮していた……そういう事ですわね?」
 そう言って紫は、当の仕掛人たる依姫に改めて確認を取るのだった。
「さすが妖怪の賢者ね。物分かりが良いわ」
 そう依姫は紫の読みが正しい事を証明したのである。
「あの土壇場の中で……」
 その事実を認識した勇美は、呆気に取られるしかなかったのだった。自分の命を救いに行く中で好機を逃さない為に手を打つ。
 ……やはりこの人には敵わない。改めて勇美はそう実感するのだった。
 これで勇美達は皆救われ、万々歳といった所であろう。だが、当然それが面白くない者はこの場にいるのだ。
「随分ナメた真似してくれるじゃねえか、ああ?」
 そう、全ての元凶たる遠音ランティスその人である。
 彼女が紫を解放してしまったのは、当然彼女が勇美への攻撃に紫を使ったからである。だが、自分の非を一切認めないランティスとしては断じて許す事が出来ない事態なのだった。
「私をここまでコケにしたテメエらにはそれ相応の報いを受けてもらうからな、覚悟しろ!」
 逆恨みもいい所な事を恥も外聞もなく言ってのける様から、彼女の性質というものを伺い知る事が出来よう。
 だが、当然紫も黙ってはいなかったのである。
「あなたを生んだのは私に原因があるわ。だから私にはあなたを責める権利はないかも知れない。
 だけど、だからといってあなたがした事を許す道理もないわ」
 そう紫は普段の彼女らしからぬ流暢な物言いでランティスに向けたのだ。
 そして、最後に一つ言い加える。
「覚悟するのはあなたの方よ」
 そう言った紫はランティスの前に立ちはだかった。それに依姫も追従する形で動きを見せた。
「ああ? その言い草は?」
 尚も高圧的な態度でランティスは言う。それに対して、依姫はこう述べた。
「貴方には一つ、重大なミスを冒したって事を分かって貰おうと思ってね」
「私にミスだぁ!?」
 それは自分が完璧な存在だと思っているランティスには聞き捨てならない台詞であった。彼女は額に青筋を浮かべ、不快感をあからさまに出す。
 そんなランティスの態度には構わず、二人は阿吽の呼吸の如くその答えを言うのだった。
「あなたの冒した重大なミスは……」
「『私達の前で弾幕ごっこを放棄した』」
「そういう事ですわ」
 そう息の合った流暢な台詞の掛け合いで二人は断言したのである。
 それを聞いたランティスは、暫し無言となっていた。だが、すぐに彼女自身がその沈黙を破る事となる。
「アーハッハッハッハッ!!」
 突然ランティスは周りの空気を引き裂かんばかりに、端を切ったように盛大に笑い声をあげ始めたのだ。
 そして、それは暫く続いていったが、漸く収まりを見せた。
 その嵐のような一幕の後に残されていたのは、更に恐ろしいものであった。
「ふ・ざ・け・ん・の・も・大・概・に・し・ろ・よ!!」
 そこに存在していたのは、正に修羅の如き形相を浮かびあがらせていたランティスであった。
「私が取るに足らない弾幕ごっこを見限ったのがミスだって!? まるでテメエらが私に実力で……」
 ランティスが言葉を言い切る前に『ザシュッ』という音が鳴った。
「?」
 ランティスはそれを何事かと注意を向けて周りを見回してみると、床には白くて透き通るかのようだが、血色の悪く目に良くない……一本の腕が転がっていたのだ。
 まさか……。ランティスはそんな筈はないと思いながら自分の体を確認した。そして……。
「あああぁああぁっ!!」
 目を反らす事の現実が彼女には突き付けられていたのだ。
 そう、今悲鳴をあげるランティスの様子が示すように、床に転がっていた腕は正に彼女のものなのであった。その証拠に彼女の右腕は途中から切り落とされていたのである。
「あああああ!!」
 自分の身に起こった惨劇に耐えきれずにランティスは叫びおののいていた。
 そんな彼女に言葉を投げ掛けたのは……依姫であった。
「貴方とはまともに話をする気はないけど教えておくわ。──貴方の読みは正しい所へ行ったという事よ。
 こうして私達に弾幕ごっこではなく実戦に持ち込まれた時点で、貴方の命運は尽きている、そういう訳よ」
 そう言ってのける依姫は、気付けば手に自前の刀を握りしめていたのだった。つまり、今の事態は他でもない、依姫の瞬時の剣戟による事を示しているのだ。
「…………」
 その依姫の振る舞いを目の当たりにしながら、勇美は彼女が憧れの存在でありながら戦慄するのだった。
 確かに勇美は永琳から提供された映像にて、依姫が弾幕ごっこでない戦いをする場面を見てはいる。
 しかし、その後直ぐに魔理沙の提案で弾幕ごっこに移転していた訳であり、更にその時でさえも彼女は敵に可能な限り手を加えない為に手加減をしていたのだ。
 故に、勇美が見た『弾幕ごっこでない戦いをする依姫』は氷山の一角に過ぎなかったという事である。
 だが、今の依姫は違っていた。躊躇なく敵の腕を切り落とす様は、正に容赦がないという表現が似合うだろう。
 そして、尚も腕を切られたランティスはもがき苦しんで……いたかのように思えたが。
「なぁぁんちゃってぇぇぇ!」
 そうのたまった次の瞬間には、彼女はその顔を喜色に染めていたのだった。
 その後、ランティスは「ふん」と気合いを入れ、意識を集中し始めたのである。
 すると、切り落とされた筈の腕の指がピクリと動いたではないか。そして、腕はカサカサと虫のような音を立てながら飼い犬のように持ち主の元へと戻っていったのだ。
 そして、腕は本体の元へ辿りつくと、跳び上がって切断された場所へと再び接合したのである。
 そして、ランティスは元に戻った腕を満足そうに見据えながら、にぎにぎと得意気に手を閉じたり開いたりしている。
「そんな……」
 その様子を見ていた勇美は落胆してしまった。依姫が切り落とした腕が、こうもいとも簡単に元に戻ってしまったのだから。
「まあ、良好かな?」
 ランティスはそうさらりと、何事もなかったように言ってのけた。そして、まるで侮蔑するかのように、当の腕を切り落とした依姫へと視線を向けながら言った。
「まさか、今ので私の腕を奪えると思ったのか? 劣等種さんよ?」
『劣等種』その言葉をランティスは依姫に向けたのだった。神降ろしに頼っている彼女はそう呼ぶに相応しいとランティスは考えているようだ。
 だが、当の依姫はそれには全く動じる事はなかった。まともに話す事がないと決めた相手からは何を言われても意味がないという考えの元からであった。
 だから依姫はその言葉を受け流し、代わりにこう言うのだった。
「貴方こそ、私が貴方を人間のように思って腕を切り落としたとでも思っているのかしら?」
 つまり依姫が言いたい事は、ランティスの化け物染みた存在を考慮して行為に及んだという事であった。もしランティスが人間であればその致命傷となるような仕打ちはしなかった、そういう訳である。
「それがどういう事か分かるかしら?」
「ああ?」
「貴方には相応の覚悟をしてもらう必要があるという事よ?」
 そう言った後、依姫は勇美の方に視線を送ったのだ。
 そう、彼女は気付いていたのである。勇美が僅かながら自分に恐怖を感じている事を。
 勿論勇美は依姫がそのような態度を取るのは、勇美の為である事を理解していたのでそれに耐えようとしていたのである。
 だが、いや、だからこそ依姫は勇美に言っておかなければならないと思うに至ったのである。
「勇美……ごめんなさいね……」
「あ……」
 依姫に謝罪の言葉を掛けられた勇美は、そこで呆けてしまう。その事により勇美は胸の内でもやもやしていたものが晴れて、こそばゆい気持ちが起こってくるのを感じた。
「あの者を懲らしめる為とはいえ、貴方には怖い思いをさせてしまうでしょう」
「そんな、依姫さんが謝る事じゃないですよ!」
 そう勇美は言いつつも、依姫のその気配りが嬉しかった。
 そのような配慮が依姫は出来るからこそ勇美は彼女に師事をしたのだった。ただ力だけが強い存在だったなら勇美は惹かれるような事はなかっただろう。
 だから、ここで勇美は正直に自分の気持ちを言葉にする事にした。
「いえ、ありがとうございます。依姫さんのそういう所に私は惹かれたんですよ」
「勇美は正直ね。そこが貴方の強みよ、それを忘れてはいけませんよ」
「はい!」
 そのように二人は互いに持ち味に触れ合い、生まれている絆を再確認するのだった。
「勇美、だから少しの間耐えて欲しいのよ。いいかしら?」
「勿論です!」
 そう答えた勇美には、もはや一切の曇った心は存在していなかったのであった。
 その様子を見ていた紫は「いい関係ね」と思っていたのだった。
 まるで自分と藍の昔を思い出させるかのような光景で微笑ましかったのである。
 そして思った。今頃藍は心配しているでしょうねと。再び再開したら、仕事を任せっきりにはしないで、少しは手伝ってあげようかしら?
 今の自分には致命的な怠け癖が付いてしまっているから、あくまで『少し』になってしまうだろう所が残念だけれども。
 そのような想いに耽りながらも、紫は今やるべき事の為に口を開いた。
「勇美さん、私のスキマを使う、ちょっと面白い事を思い付いたんだけど、協力してくれませんか?」
 勇美はその突拍子もない事を紫に言われてキョトンと首を傾げたものの、すぐに閃いたようで「分かりました!」と歯切れの良い答えを返したのである。
 そして、勇美は迷わずにそれを行動に移した。
「『祗園様』に『金山彦命』よ……」
 そう言って勇美は二柱の神々に念を送っていたのである。そして、その神々の力は例の如く勇美が顕現した機械へと取り込まれていった。
 そして、その機械は派手な変型音を出して姿を変えていったのだ。
「完成っと……♪」
 感無量といった風に勇美は満足気にそう言った。
 その彼女の視線の先には機械仕掛けの乗り物を模したかのような奇抜な様相の化け物刀であったのである。
 それはとても人間の少女である勇美には振り回す事など出来ないだろう重厚な佇まいを見せていた。
 勇美の限界以上の事を成し遂げてくれるブラックカイザーは、今は勇美は権限させてはいないのだ。なら、一体どうするのか?
 だが、勇美には既にその答えは分かっていたのである。
「紫さん!」
 そう言うや否や、勇美は紫へとアイコンタクトを取った。
「はい、任されましたわ!」
 その勇美の言動で、紫には勇美の意図は伝わったようである。後はその気持ちに行動で応えるだけである。
「はっ!」
 そう掛け声を出し、紫は右手を眼前に翳した。すると、丁度勇美が拵えた化け物刀の下にスキマが開かれる。
 そして、予想通りその刀はスキマへと飲み込まれていったのである。
 刀が行き着く先……それは決まっていた。紫は今度は自分の眼前にスキマを展開すると、その中に手を突っ込んだ。
 後の展開は分かり切っていた。紫がそのスキマの中で掴んだ物を引っ張り出せば、案の定先程の化け物刀が彼女の手には握られていたという訳である。
「依姫にばかり格好のつく場面は与えたくありませんからね。……私には荒事は余り向いていませんが、行きますよ」
 これが弾幕ごっこであれば、恐らく勇美と紫の二人は【連携「グランスキマソード」】とでも宣言した所であろう。
 その二人のやり取りを、ランティスは嘲笑いながら言った。
「おうおう、何かと思えば下らねえ復讐のお膳立てか? やっぱり程度の低い連中の考えは違うねぇ?」
 そう復讐という概念を下らないと嘲笑してみせるランティス
 確かに復讐は建設的な行為とは言えない。しかし、ランティスの場合は他人の痛みが分からないが故に実に馬鹿馬鹿しいと思うだけであったのだ。彼女には復讐は新たな悲劇を生むから良くない等という真っ当な考えは持ち合わせていないのだ。
 そして、勇美は思っていた。例え下らないと言われても今復讐をしておかなければ踏ん切りがつかないと。弾幕ごっこを、そして分かり合えるかも知れないという自分の気持ちを踏みにじられた悔しさは晴らしておかなければ今後勇美の足枷となるだろう。
 だから、その気持ちを紫に託したのである。自分では扱う事など出来ないあの化け物刀を彼女なら使いこなしてくれるだろう。
 その勇美の想いを果たすように、紫に動きが見られたのである。まずはその握った化け物刀をその場で縦に振り下ろす。
 紫のその動作を見たランティスは、実に卑下た様子で紫に言った。
「どこで振ってんだよ? 剣は相手に斬りつける為にあるものだろ? 幼稚園からやり直した方がいいんじゃねえか?」
 その低俗な挑発に、紫はまるで動じてはいなかった。
 いや、その顔には笑みすら浮かんでいたのだ。そんな不可解な事態をランティスの性格が突っかからない筈はなく。
「何気色悪くにやけてるんだよ? その見苦しい顔を今すぐやめろ!」
 歯を剥き出しにして吼えるランティス。だが、その自らの動きで自分の身に違和感を覚えたのである。
「あ……れ……?」
 ぎこちない声を発しながら、ランティスは自分の体周りを見回したのである。すると、それは起こったのだ。
 何と、彼女の体が縦に真っ二つに寸断されてしまったのである。そして、支えを失ったその切断物は重力に引かれてそれぞれの方向に倒れてしまった。
「勇美さんが拵えてくれたこの刀は便利ですわねえ。こうして私のスキマの効果を増幅してくれるのですから♪」
 勇美が用意した産物の思わぬ力に惚れ惚れしながら紫はうっとりして呟いた。
「すごい……」
 対して、勇美は勇美でその光景を見ながら呆けていた。自分の創り出した物をここまで使いこなしてくれるのかと。
 だが、高揚していた彼女のほとぼりは徐々に冷めていく事となる。
「……それでも、倒してないのですよね?」
「ええ、勇美さんの察しの通りですわ」
 トーンの下がった口調で言う勇美に対して、それが正解だと紫は言葉を返した。
 その重苦しい事実を皆には噛み締める時間が存在しなかったのだ。二つに分断した筈のその物がピクリと蠢いたからである。
 そして、それらはその場で、まるでスライムのように、化学物質のようにドロドロと溶け始めてしまった。
 続いてその溶解物達は、発酵食品のようにその体積を膨張させていったのである。まるで質量保存の法則を無視したかのように。
 一通り膨張したそれらは、今度は鍋に入れる具材の如く混ざり合っていった。そして、完全な不定型と化していたそれらは徐々に形が造られるのだった。
 そのおぞましい粘土工作も終わりを迎える事となる。そう、それらの禍々しき物体は今でははっきりとした形となっていたのである。
「……」
 その姿に勇美は無言で呆気に取られていた。
 まず、胴体は獅子のような様相であった。だが、その顔面は勇ましい百獣の王のそれではなく、醜く歪んだ人間の老人を模したような代物であったが。
 だが、それだけなら人面獣とでもいう程度の存在である。しかし、問題は次にあった。
 その人面獣の背中からは、人型の上半身が生えるように存在していたのだ。それも、人型ではあるが、断じて人間のそれではなかったのだ。
 筋骨隆々の男性のような体躯に、こうもりの翼、頭に頭髪はなく、代わりに禍々しい二本の角が存在しており、それらは黒一色に染められていたのである。
 それらは正に、『悪魔』のイメージそのものであった。
 だが、そこまでなら勇美は平静を保っていられたかも知れない。しかし、そうはいかない徹底的な要素がこの合体悪魔にはあったのだ。
「大きすぎる……」
 そう勇美が呟いた通りであった。その悪魔の全長は有に10メートルを越えていたのだ。そのような常軌を逸した光景を目の当たりにしては、人間である勇美の戦意の灯火は吹き消えかけてしまっても仕方がない事であろう。
 その様子を見ながらランティスはふてぶてしい態度で言葉を発した。
「いいねえいいねえ、その怯えよう。カスのテメエにはぴったりの立ち振る舞いだなあ」
 尚も薄汚い言葉を吐き出すランティス。しかも、今は巨体であり、更には悪魔の口でも獅子の胴体の老人の口でも言葉を発している為、そのおぞましさはひとしおであった。
 こんな相手にどうやって立ち向かえと……勇美は絶望の床に突っぷしそうになっていた。
 そんな勇美に対して声が掛かる。
「勇美ちゃん、気を持って!」
 その言葉にランティスは「ああ?」と不機嫌な態度を取ろうとした瞬間に、彼女の──いや、今の姿は最早『彼』と呼ぶに相応しいだろう──右肩からほぼ半分が綺麗に消し飛んでいたのだった。