雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第75.8話(閲覧注意)

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。
※加えて、この話ではオリジナルの敵キャラが東方キャラに相応しくないレベルの卑劣、外道な言動を取ります。閲覧の際はご注意下さい。そういった意味で話数を整数には加えたくないが為に小数点を用いています。
(登場人物が殺されたり、取り返しのつかない事にはなりませんのでその辺りはご安心下さい)

 【第七十五.八話 計らずに始まる実戦:後編】
 その姿も心と同様に醜悪な姿へと変貌させて牙を向いていた遠音ランティス。絶望的かと思われるその状況の中で、彼のその半身が吹き飛んでいたのだった。
「?」
 彼は一瞬、自分の身に起こった事態を理解出来なかった。
 そして、頭に回った熱が冷めてくると、その状況を把握し、言う。
「何だぁ? こんなナメた真似をする奴は!?」
 ランティスは悪魔の顔も老人の顔も歪めながら恨みがましくその言葉を吐いた。
 それに答えるべく、声の主は姿を現す。その存在は見事な金髪のロングヘアーの持ち主、綿月豊姫であった。
「豊姫さん!」
 その新たなる助っ人に勇美は喜色を浮かべて名前を言ったのだ。
「豊姫さん、来てくれたんですね?」
「ええ、事態がこんな大変な事になっているんですもの、私も駆け付けない訳には行かないでしょ♪」
 そう言うと豊姫は手に持っていた扇子を閉じて再び懐に閉まったのである。
 それは紛れもなく、振り翳した先に存在する物を素粒子レベルに分解する、危険極まりない、今の地上の科学では到底追い付けない一品であった。
 かつて紫と対峙した時にはあくまで牽制の為に掲げたのであり、あの時は使う気は全くなかったのである。その時掲げた先にあるものが、断じて壊して良い存在でない事を彼女はよく分かっていたからである。
 それに対して、今豊姫が繰り出した先にある存在は全く別であった。それは断じて世に解き放ってはいけない、忌まわしい概念だからである。
 そして、豊姫には分かっていた──この程度では目の前の禍を滅ぼす事は出来ないと。
 当の禍は暫く無言で自分の身に起こった事態を見据えていたが、やがて心底面白くなさそうに「ふん!」と掛け声をあげて気合いを入れたのだ。
 すると、ランティスのごっそり欠けた部分が、まるでエアバッグを膨らませるが如く弾けるように元通りに復元していた。
 この遠音ランティスは負の精神エネルギーの集合体。故に、現存する物質におけるルールは適応されないようであった。なので、反則的な性能を誇る豊姫の扇子の力でも通用しないようだ。
「まさか、その程度でこの私をどうにか出来るかと思ったのか?」
「ええ、思っていないわよ。これは『挨拶代わり』と受け取って欲しいわ」
「ちっ、つまんねえな」
「もとより、貴方などを楽しませるつもりは毛頭ないからね」
 そうランティスと言い合う豊姫であったが、ここで彼女の雰囲気が変わったのである。
「でも、これから始まる事は『貴方も飽きたりはしない』でしょうけどね」
 言うと豊姫は、彼女らしく口角を上げているのだった。
 そして、彼女は右手を頭上に掲げると、それを思い切り振り下ろしたのである。
 すると、辺りの気配に変化が起きたのである。それにランティスも気付く。
「何だぁ?」
 突然の空気の変化に不快感を露にしながら、彼は周囲を見回した。
「!?」
 そして、気付いたようである。彼の周囲を七羽の玉兎達が一斉に包囲をしていたのだった。
 その中にイシンもいた。今回は彼女は他の玉兎と同じように戦闘要員として借り出されたようである。そして彼女達は皆銃剣で武装している。
 そう、他でもない豊姫の能力の賜物である。彼女はその気になれば数多の兵を引き連れて地上に赴く事が出来るのだ。今回はその片鱗を見せたに過ぎなかった訳である。
 この状況を作り出した豊姫は、皮肉混じりにランティスへと向けて声を投げ掛ける。
「どうかしら、私からのプレゼントは?」
「……」
 ランティスからは返答はなかった。彼とて今の状況の意味が分かっているからである。
「じゃあみんな、やりなさい。大丈夫よ、貴方達が危なくなったら私の能力で非難させるから。攻撃にだけ意識を集中してもらえるだけでいいわ」
 そう豊姫は玉兎達を安心させるべく声を掛けた。敵を攻める為に味方をないがしろにしてしまうのが指導者の性であるが、豊姫はその例に漏れていたのだった。
 それは依姫から学んだ事であった。いつも部下の事から見る依姫の姿を豊姫は常に見て来たのだから。
 そんな豊姫の気持ちに応えるべく、玉兎達は声を掛け合う。
「みんな、行くよ!」
「自分達は、それなりに出来るようになったって事、豊姫様と依姫様に示しましょう!」
「おー!」
 そう玉兎達は言い合うと、覚悟を決めたようだ。
「いっくよー!」
 その言葉を皮切りに、玉兎達は皆一斉に銃剣の引き金を引いたのだった。
 それにより銃口から弾丸状のエネルギー弾が放出されていった。
 それら一つ一つ自体は非常にちっぽけな攻撃であったが、それが七羽が同時に放つとなるとその威力も十分なものとなるのだ。
 そして、ランティス自身が冒した致命的なミスを彼は身をもって被る事となるのだった。
 今の彼の肉体は有に10メートルを超える代物。故に小回りが利きづらい上に……この上ない格好の『的』となっていた。
 なので、彼は玉兎達の攻撃をまるでかわす事が出来ずに無様にことごとく被弾していったのだ。
「ぐあああああ!! クソが! 雑魚共の! 雑魚共の分際でええええ!!」
 玉兎達の攻撃をまともに浴びながら悶絶して苦しみの言葉を絞り出すランティス
 その様子を見ながら豊姫は勇美に呼び掛ける。何故なら、豊姫がけしかけた玉兎達がランティスを押していられるのは今の内だと彼女は分かっていたからである。
 ランティスは今規格外の膂力を持て余している状態なのだ。そんな彼が力任せに一暴れでもしたら玉兎達では軽くあしらわれてしまう事は豊姫には分かるのだった。
 玉兎達に危険な目に遭わせる訳にはいかない。故に彼女達が辛うじて押している今を好機と捉え、次なる手を勇美に託すのである。
「勇美ちゃん、今よ!」
「はい!」
 その豊姫の筋書きをある程度肌で感じた勇美は、素直に豊姫の呼び掛けに答えた。
 彼女達の目論見を紫も理解したのだろう。なので彼女はこう言った。
「では、この剣は勇美さんにお返ししないといけませんわね♪」
 そう言いながら紫は豊姫に目配せをしたのだ。
 この二人がこうして再び顔を合わせるのは、紫の月の侵略とそれを阻止しようとする豊姫の攻防以来であった。
 故に、彼女達には今互いに色々思う所があるだろう。
 だが、今は感傷には浸っていられないのだ。その思いは事が終わってからじっくり片付ければいいのである。
 そして、紫は万を持して眼前にスキマを開き、そこに勇美から借りていた化け物刀を投入したのであった。
 それにより、とうとう勇美の元に彼女の鋼の相棒たるマックスは再び舞い戻ってきたのである。その事に勇美は安堵する。
「マッくん、最後の大仕事に付き合ってくれる?」
 そう相棒に呼び掛ける勇美に、マックスは言葉を返す事は出来ない。だが、その佇まいから主からの言葉に、まるで肯定の意を示すかのようなものが感じられた。
 その事をどことなく感じた勇美は懐からある物を取り出そうとしていた。
「ここは大仕事だから、奮発しても罰は当たらないでしょ♪」
 そう言いながら勇美が取り出したのは、虹色の水晶体の物と緑色の宝玉のような物であった。
 そう、フランドールから貰った『クリスタル・セル』と、跳流から貰った『アバドンズジェネレーター』の二つの代物である。
 その二つを今、勇美は正に同時に使おうとしていたのだった。
 彼女自身それ些か無理をする事になるのは分かっていた。だが、今が正念場である事と、これが弾幕ごっこではない事と、あのランティスにはきついお灸を添えてあげなければいけないという彼女の執念からの選択である。
 二つの力を使う為に、勇美は祇園様と金山彦命を送還し、今マックスがとっている化け物刀の形態を解除させた。
 それにより、マックスは素体である機械仕掛けの小動物のような姿へと戻った。そして、愛らしく主である勇美に擦り寄ったのだ。
 可愛い……勇美はそう素直に思ったのである。こんな子が今まで自分の無茶や我がままを文句の一つも言わずに付き合ってくれたのだ。自分自身の一部から生まれた存在とはいえ、その事で勇美は感謝の念で一杯になる。
 だから、今後目一杯可愛がってあげよう。そう勇美は心に誓いながら、二つのサポートアイテムをマックスへと与える。
 それにより、再び彼に大幅な変貌が訪れたのだ。彼の体は愛らしいペットのような姿から、逞しい成人男性のような背格好へと生まれ変わったのであった。
 だが、紫との戦いで大活躍した『ブラックカイザー』とは些か様相が違っていた。あれが磨き上げられた騎士であるなら……今の彼は、戦場を掛け巡る屈強な傭兵とでもいう感じである。
 その傭兵の名前を勇美は口にする。
「うん、いい感じだよ。『ブラックコマンドー』♪」
 そう嬉しそうに言う勇美に対して、機械の傭兵──ブラックコマンドーは誠実な振る舞いで頷いて見せたのだった。
 そんな彼の為に武器を用意しなければいけないだろう。なので、勇美は彼に相応しい神々に呼び掛ける。
愛宕様に、天照大神よ!」
 彼女が呼び掛けたのは、天地創造の神々から誕生した神と、神々の頂点に君臨した神の二柱であった。正にこれから行う一仕事に相応しい顔ぶれであろう。
 その二柱の力が勇美が顕現した機械へと取り込まれていき、そして究極の兵器は完成したのだった。
「うん、これが弾幕ごっこだったら【陽炎「プロミネンスランチャー」】って宣言している所なんだけどね……」
 今の戦いが弾幕ごっこでない事に引っかかりを感じる勇美。故に『楽しく』はないのだ。
 だから、この戦いは早く終わらせ、その上で後の世代にこのような事があったと伝えていかなくてはいけないのだ。──二度とこのような愚かな行為を許さないように。
 その勇美の想いを乗せながら完成していたのは、無数のミサイルの搭載された、箱形のロケットランチャーであった。バズーカとよばれるタイプのそれとは違う様相の物である。
 それをブラックコマンドーは受け取ったのだ。勿論勇美自身の手で手渡ししたかったのだが、14歳の少女である彼女には到底持ち上げられる代物ではなかったのだったからだ。
 ブラックコマンダーがそれを持ち上げて向けた目線の先には、絶賛玉兎の一斉射撃を浴びている異形と化したランティスが存在していた。
 一見玉兎達が優勢に見える今の状況。だが、徐々にだがランティスがその体を動かそうとしているのが、今まで経験を積んだ勇美には分かるのであった。
 だから、事は一刻を争うだろう。なので、勇美は黒の傭兵に呼び掛ける。
「ブラックコマンドー、お願いね。あなたにこんな無茶をさせるのも、これで最後になるからね」
 その勇美の言葉に彼は首肯した。勇美の想いを受け取ったとばかりに。
 そして、彼がアイセンサーの中にランティスを抜かりなく納めると、彼のそれは妖しくも勇ましく光りを放ったのである。
 その輝きに続いて、ランティスの体中に無数の照準が浮かび上がったのだった。
 これがクリスタル・セルとアバドンズジェネレーターを同時に使った事による効果なのだ。その恩恵を受けたブラックコマンドーは瞬時に複数の場所に攻撃の狙いの的を出現させる事が出来るのである。
 その事にランティスは、玉兎の攻撃に耐えながらも気付くのであった。
「な、何だよこれは。カス女、テメエの仕業か? どういうつもりだ!?」
 未知の事態に、常に他者を見下して悦に浸ってきたランティスにも狼狽の色が見て取れるのだった。そんな彼に、勇美はしれっと答えてみせる。
「どういうつもりも何も、今までのお返しに決まってるでしょ? これはフランちゃんと跳流さんと紫さんと私の分よ!」
 そう言い切った勇美は、神力の重火器を携える鋼鉄の相棒に「お願いね」と呼び掛けたのだった。
 その意を受けた機械の傭兵は迷う事なく『プロミネンスランチャー』の引き金を引いたのだ。
 そこから無数のミサイルがまるで壊れた蛇口から出る水のように派手にばら蒔かれて行き、ランティスの方向へとまるで意思を持っているかのように突き進んでいった。
 その様相はあながち見間違えではなかったかも知れない。その理由は他でもない、ブラックコマンドーが生み出した無数の照準にあったのだ。
 ランティスに無数に刻まれた照準は、決して伊達ではなかったようだ。何故なら大量に吐き出されたミサイルは、明らかにその照準目掛けて飛んでいったのだから。
 そして、ミサイルの役目。それは標的になったものへ攻撃を加える事である。そして、このプロミネンスランチャーで生み出されたそれも例外ではなかった。
 だが、その生み出された破壊エネルギーは従来のミサイルとはかけ離れていた。何せ着弾した箇所から高熱の爆炎が繰り出されていったのだから。
 それだけなら、常軌を逸したランティスの肉体再生力を考慮すれば、彼にとって屁でもなかっただろう。
 だが、その破壊力のものが無数に向かってきたのだ。それも自分に大量の照準を写し出して、一つ残らず余す事なくである。
「グギャアアアアッ!!」
 故に、さすがのランティスといえど今の事態に盛大に呻き声をあげていたのだった。
 それに比例するように、玉兎達の連携も手伝って彼の肉体はみるみるうちに崩壊していったのだ。
 だが、相手は人知を超えた化け物である遠音ランティスなのである。これだけの攻撃を加えても、気を許していれば瞬く間に再生の機会を与えてしまうだろう。
 そう思った者の一人である紫は、迷わずに行動に移したのである。彼女は自分への攻撃に意識を持っていかれているランティスに気付かれぬよう、密かにスキマを開いたのであった。
 そのスキマは、彼の足元に開かれたのだった。それも、10メートルの巨体をも飲み込む、特大のスキマであった。
「くっ……」
 だが、それはさすがの紫とて、明らかに無理をしたものだった。故に彼女は普段は見せないような苦悶の表情を浮かべていた。
 しかし、この忌まわしい存在を阻止する為には、ここで多少の無理をしなければならない事は紫にも分かっていたのだ。
 ──全くを以て自分のスタイルではないなと、紫は心の中で自虐した。この一仕事が終わったらカタキを取るが如く寝まくってやろうかしら。でも藍には少し気を利かせると決めたし……。
 要は紫には珍しく、そんな葛藤の中で彼女は迷っていたのだった。
 だが、今の画竜点睛には全くの迷いはなかったのである。
 この遠音ランティスは計らずとも、自分の行為が生み出してしまった産物なのである。だから、自分の蒔いた種は自分で摘み取らなくてはいけない。
 そう紫は自分に言い聞かせながら、今開いているスキマの出力を最大限にしたのだった。
「落ちなさい!」
 そう紫が踏ん切りを付けるかの如く言い切った後、ランティスも今の状況に気付いたようだ。
 彼は頭周りの部分を再生させると、慌てながら言った。
「わ、私をどうするつもりだ!?」
「決まっているわ、あなたが再生の追い付かない内にスキマの中へと送り込むまでよ。その中なら得意の再生も封じられるでしょうから」
 その紫の言葉に、明らかにランティスには焦りの様子が見受けられた。今までの周りをこけおろした態度はそこにはなく、血相を変えて必死になっていたのだ。
 ランティスは取り乱しながら紫に言ってくる。
「ま、待て! 正気か紫? 私はお前の中で生まれた存在、つまり兄弟のようなものじゃないか? だから、こいつらと私、どちらが正しいか分かるだろ?」
 見苦しい弁明をランティスは見せる通り、彼がスキマの中に押し込められては元のように再生する事が困難なようだ。確かにランティスの思念はスキマの中で生まれたのだが、そこで彼女の肉体を形成する事は出来ないようだ。
「……」
 そんな豹変っぷりを見せるランティスに対して無言であった。ランティスは自分が望まずに生み出してしまった存在だが、彼の言葉は完全に的外れなどではなく、紫にも彼の主張に思う所は多少あるようだ。
 だが、今は迷っては取り返しのつかない事となる。故に紫の次の行動は決まっていたのだった。──彼女は言をなさずにそっと右手を振り下ろしたのだ。
 それにより……、一層スキマの規模は大きくなったのだった。これではランティスといえども抗う事は出来ないだろう。
「こ、この裏切りも……」
 ランティスが言い切る前に、彼は掃除機のように、一気にスキマの中に吸い込まれてしまったのだった。まるでそれは紫の決意を現しているかのようであったのである。
 そして、ランティスを綺麗さっぱり飲み込んだ特大のスキマは、何事も無かったかのように平然と閉じられてしまったのだった。
 そう、これが意味する所は……。
「紫さん、これで終わったんですね」
 その言葉を発したのは勇美であった。彼女は神々の武装を解除し、紫の元へと駆けつけていたのだった。
 彼女はランティスに対して油断していた訳ではない。彼がスキマに飲み込まれてその歪な気配が完全に消えた事で……全てが終わったと確信しての事であった。
 そう、この忌まわしい戦いはこれにて終わったのである。
 これから積もる話は沢山あるだろう。だが、取り敢えず今やるべき事は一つである。
 ──この場から帰ろう。それがここにいる者達全員に一致する望みであった。

◇ ◇ ◇

 ここはどこだろうか。周りには鬱蒼と茂る木々が存在していた。
 故に、取り敢えずスキマの外である事に間違いはないだろう。
『穢れ』のエネルギーを感じる事が出来る事から判断して、ここは地上のようである。
 そう思いながら、その者は近くに水辺を見つけた。
 取り敢えずは自分が今どうなっているか、確かめなくてはならないだろう。まあ、苦しさはもう感じられないから、自分が無事な所を確認出来ればいいのだが。
 そしてその者は水辺へと歩を進めて、そっと水面に今の自分の姿を映した。
「!?」
 その映し出された姿を見た瞬間、その者は引き攣ってしまった。
 そこにあったのは、金髪ではあるが、可愛らしくショートヘアになったもの、黒と白ではあるが、自慢のコルセットではなくベストとカッターシャツとスカート。そして極め付きは自慢だった豊満な胸は見る影もなかったのである。
 そう、今この場に存在するのは、遠音ランティスそのものであったのだ。どうやら『彼女』は先の戦いにての疲弊により、今の姿になってしまったようだ。
「──────ッ!?」
 その自分の姿に、自尊心が肥大化している彼女には耐えられなかったようだ。この私がこんな乳臭い餓鬼の姿を取らされているだと……と。
「ふん……まあいい! まあいいわ!」
 だが、彼女には珍しく、その場で平静を取り戻したようである。
 それはスキマから送り出された今の場所が理由にあった。
 幸いここは地上。そして月の民と地上の民の心の醜さは同じ。何せ元は同じ種族なのだから。
 そして、『穢れ』がある分、月よりも最適だろう。それらのエネルギーを取り込んでいけば、元の姿に戻る事は出来るだろうから。
 そうなったら、私にこんな目に遭わせた奴らに復讐しなくてはなあとランティスはニンマリと邪な笑みを浮かべた。
『復讐』。それは彼女が先の戦いの中で『下らねえ』と一蹴した概念である。だが、それは他人が復讐する様である事に他ならなかったからである。自分が復讐する側になれば話は別なのである。
 他人の痛みなどは断じて分からないが、自分の痛みは決して許す事はない、それが遠音ランティスという存在の集大成と言えるのだ。
 ランティスがそのような自分本位な野望を抱いている所へ、パキッと地に落ちた小枝を踏む音が聞こえたのだ。
「!?」
 その音にランティスは息を飲んだ。そして彼女は後ろを振り返り、その音を出した張本人へと目線を向けたのである。
 そこにいたのは……巫女であった。だが、その服装は霊夢の本来の物からかけ離れた巫女装束ではなく、白の着物と紅の袴とで構成される本家本元の巫女装束である。
「禍々しい妖気……とも違う気を放っていたのは……あなたね?」
 そう巫女はランティスに向かって言った。
 まずい事になった……そうランティスは思った。
 何故なら今の自分は激しい戦いでその力の大半を失っている。対して、巫女といえば妖怪退治のエキスパートである。
 折角、再起のチャンスが訪れた所で……。そうランティスは歯噛みするしかなかった。
 内心で悔しがるランティスに対して、巫女はぽつりと呟き始めた。
「どうやらあなたを完全に滅する事は出来なさそうね」
 それは、その巫女の抜かりない修行と、妖怪退治による鍛錬とで磨きあげられたが故の感性から出た結論のようだ。彼女はランティスの底知れぬ邪悪と力を何となくだが瞬時に見抜いたようだ。
「だけど、あなたを野放しにしては確実に周りに被害が及ぶでしょう」
 巫女はそう憂いを持ちながら言った。まるでランティスの誰とも相まみえる事の出来ない性質を哀れむかのように。
 相手が滅する事の出来ない存在だったら。その事を平和を脅かす驚異に常に立ち向かうその巫女が想定していない筈がなかったのである。
 巫女はおもむろに懐からお札を取り出した。それも紅い部分の多い、どこか仰々しさが感じられすらする代物である。
 だが、そう易々と相手の思うようにさせないというのがランティスというものである。
 彼女は手に黒い念のエネルギーを形成すると、それを巫女に投げつけようとする。
 だが、そのような悪あがきはこの巫女には通用しなかった。
「ごめんなさいね……」
 言うと巫女は霊気を右手に集めると、それをランティスが黒い弾を形成した手へと発射したのだった。謂わば霊撃である。
 そして、それは見事にランティスの手に着弾すると発破音を出して弾けた。
「グギャッ!」
 今とっている少女の姿に相応しくない呻き声を出すとランティスは怯んでしまった。それを見逃す巫女ではなかった。
 彼女は怯んでいるランティスとの距離を一気に埋めると、彼女の頭に撫でるかのように触れていた。
「今からあなたに、私は少し酷い事をするけど……。許してくれなんて言うと厚かましいけど、どうか堪えて欲しいわ。それがあなたが『生きて』いける唯一の方法だから……」
 言うと巫女はランティスの髪の毛を撫で付けながら、先程のお札を、リボンのように彼女に取り付けたのだった。
「クソォォォォォ!!」
 折角元の自分に戻るチャンスだったのにと、ランティスは心底悔しそうに咆哮をしながら、次第に彼女の意識は薄れていった。

◇ ◇ ◇

 気が付くと、彼女は目を覚ましていた。そして違和感に気付く。
「?」
 何も思い出せないのだ。自分が何者であったかすらも。
 ただ言えるのは、今の自分の心が晴天の空のように澄み切っているという事であった。まるで今まで悪い夢を見ていたかのようである。
 そして、傍らには優しそうな白と紅の服装をした美人なお姉さんがいる。この人が今まで寝ていた自分の元にいてくれたのか。
 丁度いいな。そう思い、彼女はその人に聞いてみる事にした。
「ここはどこなの? 出来れば私が何者かも教えて欲しいな?」
 その問いに、巫女は慈悲深い笑みを浮かべながら言った。
「ここは『幻想郷』。全てを受け入れる楽園よ。そしてあなたは──」
「そうなのかー」