雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【雑記】活字離れとサイコパスの関係

 今回は何故現代人の活字離れが進んでいるのか、その理由の一つサイコパスの人種の事を交えて考察してみます。

 まず、サイコパスの人達は自分なりのやり方というものを確立するために、人のアドバイスというものを徹底的に嫌います。
 その事を踏まえて小説や随筆を思い出して下さい。──これらの構成が作者自身の考えに基づいて記述されている事が分かりますね。そう、これらの表現方法は謂わばアドバイスのような形式になっていると言えるでしょう。
 それが、サイコパスの人が活字媒体の作品を嫌う要因になっていると思われます。私にも、同級生に成功型のサイコパスの人がいて、その人が塾の先生に対して『(随筆等は)その作者の考えじゃん』と言っていたのを今でも覚えています。ネットのサイコパスの人とまるっきり同じ言い草だった訳ですね。

 対して、漫画やアニメでは登場人物のやり取りしか確認出来ず、作者の考えというものは直接確認する事が出来ません。
 それが、サイコパスのオタクには有り難く、漫画やアニメの方が小説よりも優れた媒体だと思うに至る要因だと思われます。
 加えて、漫画やアニメでは作者の考えが分かりづらくなっていますから、自分なりの考えを持つ事が出来るのです。先に挙げたサイコパスは自分なりのやり方を確立するというのがここに出ている訳ですね。

 故に、サイコパス型でかつオタクの人に活字を読ませようとするのはナンセンスというものでしょう。漫画やアニメの方が自分達を手っ取り早く満足させてくれる優れた媒体なのに、わざわざそれに劣る小説を読む筋合いなどないでしょうから。

 ちなみに、これもネットでは一人称の小説の方が人気が高い事の一因になっているだろう事も忘れてはいけないでしょう。三人称だとよりサイコパスが嫌いなアドバイス形式の表現になるのに対して、一人称なら主人公という登場人物の思考であるからアドバイスのようなものが介入する余地は少なくなりますから。