雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第29話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第二十九話 一霊と半霊様ご招待】
 勇美が鈴仙と『仲間』だと再認識されてから暫く時が経っていた。
 この日勇美は鈴仙の人里での薬の販売を手伝っていたのだった。
 そして、その仕事も一段落着いて、二人は茶屋で一息入れていた。
「ふ~。勇美さん、今日の仕事はここまでですよ」
「思いの他、早く終わって良かったですね」
「それは、勇美さんが手伝ってくれたからですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
 と言った風に二人は甘味をつつきつつ、会話に華を咲かせていたのだ。
 そして、鈴仙の言う事は一概にただのお世辞に留まってはいなかった。
 それというのも、勇美が薬を売る際の積極的で生き生きとした対応が薬の利用者とのコミュニケーションを円滑にしていたのだった。
 これには鈴仙は舌を巻くしかなかった。何故なら自分は人当たりが得意な方ではないからだ。故に、勇美のその実力は純粋に羨ましいと思ったのだ。
「それにしても、勇美さんには驚きましたよ」
「ほえ? なにあですあ?」
「……お団子食べたまま喋らないで下さい」
 少々行儀の悪い勇美を鈴仙は嗜める。
 勇美もそう言われて素直に団子を飲み込み、鈴仙の話をちゃんと聞く態度を取る。
「で、私の何に驚いたんですか?」
 改めて勇美は聞く。
「あなたの接客の様子にですよ。いや素晴らしかったです」
「目の付け所がいいですね。これはお金を稼ぐには必要でしょうから」
「お金ですか……」
 鈴仙はどこか狐につままれたような気持ちとなった。それはつまり……。
「私がお金の話をするのが意外でしたか?」
「!」
 正に今鈴仙が思っていた事を勇美が代弁してくれる形となった。図星を付かれて鈴仙は面食らってしまう。
「やっぱりそうですよね……」
「いえ、その……」
 勇美に指摘されて、鈴仙はたじろいでしまう。そんな鈴仙に対して勇美は続ける。
「いえ、いいんですよ。私自身、自分らしくないと思っているんですから」
「え? そうなんですか?」
 またしても意外な言葉に鈴仙は驚く。自分で振る舞っておきながら、『自分らしくない』とはどういう事なのかと。
「はい、本当はお金に執着しないで済むならそれに越した事はないと思うんですよ」
「それなら何で……」
「結局は世の中お金が必要って事ですよ。それが私が母親との暮らしで生まれた結論です」
 そこまで聞いて鈴仙は少し話が見えて来た気がした。確か勇美の母親は余り理想的な人ではないという事は依姫から聞いた事である。
「私は早く妹の楓と一緒にあの人のいる家から出たいと思っているのですよ。だから今からお金を稼ぐ術を身に付けて妹と一緒に幸せに暮らせるようになりたい、そういう事です」
「勇美さん、苦労されているんですね……」
 それを聞いて鈴仙が自分が恥ずかしくなり、落ち着かない心持ちになってしまった。
 勇美は自分の成長を妨げるような母親の元を離れる為に今の内から努力をしているのに、自分は苦労もせずに戦いが始まる前に月から逃げてしまったのだと。
 だが鈴仙はここで思い直す事にした。
(いえ、だからこそ……だよね)
 勇美がそういう境遇にあるからこそ、自分はもう逃げ出さずに永遠亭の仲間と共に日々を一生懸命生きて行くべきだろう、鈴仙はそう心に誓うのであった。
 そして、目の前の勇美もその仲間の一人なのである。
「勇美さん、ありがとうね。今日の事も、この前の勝負の時の事も」
 心から鈴仙はその気持ちを言葉にしたのだった。
「はい、私でよければ何でも言って下さいね。可能な限り力になりますよ♪」
「ええ、これからもよろしくね」
 そう言って二人は声に出して笑い合ったのであった。

◇ ◇ ◇

 そして茶屋での休憩も終えて帰路に着こうとした二人であったが、そこで今まで余り見掛けない顔を目にするのだった。
 白髪の短髪が特徴的な少女である。
 そして白のカッターシャツの上に緑のベストとスカートという色付きの服を着るスタイルは綿月姉妹の基本的なものと似通っている。
 更に共通するのは何と言っても刀を携帯している事だろう。だが彼女のそれは二振り揃っていたが。
 彼女の名は魂魄妖夢。冥界に存在する屋敷『白玉楼』の剣術指南役兼庭師であった。
「全く、幽々子様は人使いが荒いんだから……」
 そう妖夢はぼやくが、それは『半分』的確な表現ではなかった。
 それというのも、彼女は人間と幽霊のハーフ『半人半霊』という珍しい存在だからである。
 ちなみに彼女が話した幽々子とは完全な幽霊の姫君であり妖夢が仕える主である。
 そんな妖夢であるが、幽々子の事伝で人里に買い出しに来ていたのであった。
 その妖夢を見掛けた勇美は鈴仙に尋ねていた。
鈴仙さん、あの人って……」
「ええ、魂魄妖夢。半人半霊の剣士ね」
 勇美に尋ねられて鈴仙は答えた。
 妖夢鈴仙にとっても見知った顔なのであった。
 以前永遠亭が偽の月の異変を起こした際に、それを解決すべく動いた存在の一つが妖夢幽々子のペアなのだった。
 それを鈴仙は永遠亭への突入を阻止すべく迎え撃った時に初めて顔を合わせたのだ。
 そして、月の光の妖力に当てられて目に異常をきたしてしまった妖夢を永琳は治療していて、その間にも鈴仙妖夢は多少なりとも関わっていたのである。
 対して勇美は当然初めて妖夢を目にした訳である。
 それなのに勇美は妖夢に興味を示したのは何故かと疑問に思った訳である。
「でも勇美、あの人がどうかしたの?」
「それはですね……」
 鈴仙に聞かれて勇美は答え始める。
 曰く、彼女の主たる西行寺幽々子は以前綿月姉妹を直接的でないとはいえ最終的に出し抜いた程の存在なのだ。
 綿月姉妹の妹である依姫に師事する身として、そんな主に仕える妖夢に勇美は興味があるのだった。
 それにこれは勇美だけの問題ではないのだ。
 故に勇美は──妖夢に声を掛ける事にしたのだった。
「あの、すみません」
 そう声を掛けられて、妖夢は何かと思い声の主に向かい合った。
「はい、何でしょうか?」
「ちょっと勇美さん……?」
 勇美に呼ばれて言葉を返す妖夢。そして突然妖夢に声を掛け始めた勇美に少したじろぐ鈴仙
「勇美、どういうつもり?」
『仲間』の突拍子もないように見える行為に鈴仙は聞く。
 それも無理はないだろう。基本的に幻想郷では他の勢力とは『友達』にはなれても『仲間』とはいかないものであるのだ。
 故に過剰な関わり合いは避けて微妙なバランスを保つのが望ましいのである。
 ましてや初対面の別勢力の者に軽々しく声を掛けるのは問題なのだ。
 更に言えば以前の関わりで、月と冥界は浅からぬ因縁がある中で……だ。
「あなたは確か黒銀勇美さんですか?」
「はい、初めまして妖夢さん……」
 妖夢に言葉を返しつつも、勇美はこそばゆい嬉しさが込み上げてくるのだった。──彼女も自分の事を知ってくれていたのかと。
「勇美さんはもう幻想郷でも有名ですからね」
「そんな、妖夢さん程の人にそう言ってもらえるなんて光栄ですよ」
「いえ、私はまだ未熟者ですから。あなた程頑張っている人は注目しておかなければなりませんよ」
 そんなやり取りをして二人は笑い合った。
「それで、勇美さんの隣にいるのは鈴仙さんですよね」
「あっ、はい」
 妖夢に話を振られて慌ててしまう。
「私の事覚えてくれていたんですね」
「はい、目の治療の時にはお世話になりました」
「……」
 そこまでやり取りをして、鈴仙は心に存在していた隙間に何かがすっぽりと収まるかのような感覚を覚えた。
 ──妖夢の事を警戒していたのは取り越し苦労だったようだと。こうして今話が出来たのだからと。
 そして、再び勇美の人当たりが良さと打ち解ける力に目を見張るのであった。
 そんな彼女達に対して、妖夢は改めて聞き直す。
「それで、私に何の用でしょうか?」
「あ、そうでした」
 言われて勇美ははっとなる。危うく自分が妖夢に話し掛けた理由を忘れる所であったと。
「勇美さん……あのねえ」
 その事を勇美から告げられて鈴仙は呆れてしまう。──この子は人当たりがいい分おっちょこちょいだったり、抜けている所があったりするなと。
「ウン……オホン……その、何ですか……」
 さすがに恥ずかしくなったのか、古典的なわざとらしさをかもし出した咳払いをしながら勇美は改めて切り出した。
「今度、永遠亭で宴会があるんですよ。だから良かったら妖夢さんと幽々子さんも来ませんか?」
 そう言ってから勇美は「これが依姫さんからの言伝です」と付け加えた。
「……」
 その名前を聞いた時、今まで朗らかだった妖夢の雰囲気が肌に突き刺さるかのようになった。
 妖夢も月の守護を任され──そして自らの主が出し抜いたその者の片割れの名前は知っていたのだ。
 故に妖夢が警戒するのは当然であろう。これは何かの罠なのかと。
「勇美さん、何が狙いですか?」
 険しい表情で迫る妖夢に勇美もおののく。
「し、知りませんよ。依姫さんに言われた事ですから」
 慌てて弁明する勇美。彼女のその言葉は本当であった。
 以前依姫に「もし白玉楼の庭師に遭ったら宴会に誘うように言って欲しい」と言われたのだ。
 その理由を聞いてもはぐらかされて教えてくれなかった。
 だから今回勇美が妖夢に呼び掛けたのは咄嗟の判断からだったのである。依姫の狙いは分からなくとも、この機会を逃してはいけないと。
 なので勇美は妖夢に話し掛けた事を後悔はしていなかった。──正直言って、今怖い訳であるが。
 そんな事を勇美が考えている中、妖夢の表情がだんだん和らいでいった。
「あ、ごめんなさいね勇美さん。あなたを怖がらせるつもりはなかったんですよ」
 そう妖夢に言われて勇美は胸を撫で降ろしてほっとする。
「分かりました。この事は幽々子様に伝えておきます。私一人では決めかねる事ですから。では」
 言って妖夢は買い出しを済ませていた事もあって、そのまま人里から去っていった。
「まあ、これで言伝は果たした訳ですね」
 勇美は取り敢えず肩の荷が降りるような心持ちとなるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして永遠亭に戻って来た勇美は鈴仙と解散した後、休憩室で依姫と話していた。
「今日人里で妖夢さんに遭ったので、依姫さんに言われた通り永遠亭の宴会に誘っておきましたよ」
「ありがとう勇美、よくやってくれたわ」
「それで、彼女達を宴会に誘う理由って何ですか?」
 やはり消えない疑問を勇美は再度依姫にぶつける。言伝を果たした今なら教えてくれるかと思ったからだ。
「それはまだ秘密よ」
「ぶぅ~……」
 またはぐらかされて勇美はハムスターの如く頬を膨らましてむくれた。やはり彼女は小動物の素質があるのだろう。
「でも、『宴会に誘う理由』だけは教えておくわ」
 そう言って依姫は説明を始めた。
 それは自分と勇美で妖夢幽々子に遭いたい理由がある。
 しかし、彼女達は冥界──つまり『あの世』の住人。
 故にみだりに生者である勇美を死の側の世界に連れていくのは避けなければいけない。
 そこで彼女達を永遠亭に招きいれる事にしたのだ。つまり勇美を気遣っての事だったと言う訳である。
 その依姫らしいさりげない優しさを知って、勇美は胸が熱くなるような心持ちとなるのだった。
 だが、疑問が幾つか出来てしまったので勇美はそれを依姫にぶつける。
「それで、妖夢さんと幽々子さん。宴会に来てくれるでしょうか?」
「もし警戒して来なくても無理はないわね。彼女達に無理強いはしないわ」
 依姫はそうしみじみと呟いた。全ての決定権は彼女達にあるのだと。
 一つ目の疑問はこれで解消した。残るはもう一つ目である。
「後もう一つ目です。招待は私の事を気遣っての事だと分かりましたが、依姫さんだけの場合だったらどうだったんですか?」
「それは、私が『穢れ』の無い月で生まれたからよ。つまり月と冥界の性質は似ているのよ」
「生者である勇美には馴染みが沸かない事かもね」と依姫は付け加えた。確かに穢れと言われても、その中で生まれ育った勇美には実感しづらい事であろう。
 だが一つだけ分かった事があった。
 それは依姫が『自分が平気であるのに』勇美の事情を考えてくれた事である。
 ──やっぱりこの人には敵わないな、勇美は暖かい気持ちになりながら近々来るかも珍客達に想いを馳せるのだった。