雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第72話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第七十二話 高みへの挑戦:1/3】
「それで、貴方としても不服はないわね」
 そう言って依姫は、紫に対しても勇美と弾幕ごっこをする事への意思の確認をするのだった。
「ええ、私としても問題ないわね、面白そうだし」
 そう言う紫の振る舞いは、いつも通りの扇子で口を隠してころころ笑うというものであった。
 それを見ながら勇美はごくりと唾を飲み込む。目の前にいる強大な存在と、いよいよ自分は戦うのかと。
 そう勇美が意気込んでいると、突如として紫が彼女に呼び掛けた。
「……ところで勇美さん。これは私からの餞別ですわ。是非受け取って下さいね」
「えっ?」
 そう言うと紫はパチンと指を鳴らした。
 何の事だろう? 勇美がそう思う暇もなく、彼女の感覚に異変が生じたのだ。
 すると、勇美の体の周りが淡い光で包まれたのだ。それによる勇美の感覚は『心地よい』というものであった。
 そればかりではない。先程の玉兎達との戦いや、境界の迷路の探索によりやや疲弊していた勇美の体力が瞬く間に回復していくのが分かったのだ。
 そして、やがて勇美を包んでいた光は収まったのだった。それが意味する所は。
「驚きました、完全回復ですね。紫さん、一体何をしたのですか?」
「なあに、ちょっと勇美さんの充足と消耗の境界をいじっただけの事ですわ。これで全力のあなたと戦える、それだけの事ですよ」
「ほええ~……」
 勇美はそんな紫の言い草に呆気に取られてしまう。紫は実にあっさりと言っている事だが、その内容が常軌を逸しているのは勇美にも分かるのであった。
 その様子を見ていた依姫は訝って言った。
「……一体どういう風の吹き回しかしら?」
「何、あなたから受けた恩を返したまでですよ」
 そう紫は事も無げに言ってのけた。
 そう、紫は今恩を返したのだ。
 かつて、依姫は月で魔理沙の提案を受けて敢えて弾幕ごっこで勝負を受けた、その事に対してである。
「これで、五分五分になるかは分かりませんけどね」
 そう言って紫はどこか哀愁めいた様子でそうのたまった。
「いいえ、粋な計らいですよ」
 それに対して依姫はにやりと笑って答え、その笑みを勇美にも見せたのだった。
「依姫さん?」
「こうして折角境界の妖怪からプレゼントを貰えた事ですし、この勝負頑張りなさい♪」
「はいっ!」
 そう勇美はとびきり良い返事をしたのだった、依姫と紫の両者に向けて。

◇ ◇ ◇

「では、始めますとしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
 そう二人は言い合うと、互いに向き合ったのだ。
 紫は胡散臭いといえども、その本質はやはり幻想少女のようだ。いつもの掴み所のない雰囲気はややなりを潜め、どこか真剣な雰囲気が伝わってきたのだった。
 続いて彼女は勇美にこのような事を申し出て来た。
「まずは私からいかせてもらいますわ」
「はい、どうぞ」
 その言葉に勇美は承諾する。
「勇美さん、あなたは今まで後手に回る方が力を発揮出来たでしょう、なら私もあなたのやりやすい土俵で戦わないといけませんと思いましてね」
「……」
 その言葉に勇美は暫し無言となって考えた。
 ……良く言えば尊重されているが、悪く言えば嘗められているとも言えるだろう。
 だが、それも相手は大妖怪、それも幻想郷の管理者という大物がなす事である。それ位の振る舞いをする権利というものがあるだろう。
 ましてや勇美は依姫の神降ろしの力を借りてのし上がってきたが、まだまだ幻想郷の住人としては新参者なのだ。悪い言い方、これ位の扱われ方の方が性に合っているというものである。
 勇美がそう思っている間にも紫は戦うために適度な距離を置き、それに勇美もならう形をとる。
 そして、遂に紫の第一波が放たれる事となったのである。紫は両手を脇に広げるとスペルの宣言をした。
「【罔両「禅寺に棲む妖蝶」】」
 それにより紫の両手に妖気がもやのように集まると、そこから羽ばたくようにそれが放出されたのだ。
 ──見た目はかつて依姫と戦った幽々子が放った反魂蝶に似ているだろうか。だが、色は主のイメージカラーと同じ、禍々しい紫色であるが。
 その不気味な様相に勇美は惑わされなかった。何故ならその軌道も反魂蝶と似ていたからである。
 それならば、落ち着いて対処すればいいのみである。勇美はそう思い、いつも通りにスペルを宣言する。
「【星弾「プレアデスブレット」】」
 その宣言後、常時通りに勇美の右手には星の力の銃が握られる。そして、勇美は目の前の迫り来る敵の群れに視線を向ける。
 やはり、動きは反魂蝶と似たようなものである。そう思いながら彼女は引き金を引くのだった。
 それによりまず紫色の蝶の一匹が星の弾丸に射抜かれたのだ。エネルギーで出来た蝶故に死骸となる事はなく、その場で紫色の煙を撒き散らして消滅した。
「続いて二匹目!」
 相手の軌道を読み、勢いが付いて来た勇美は更に引き金を引く。それにより再び紫蝶の一匹は粉々に吹き飛んだのだ。
 ──コツは掴んできたようだ。勇美は勢いに乗って次々に妖力の蝶を打ち落としていったのである。瞬く間に煙となって撃ち抜かれていく蝶の群れ。
 一頻りそうした事で勇美は蝶の群れを全滅させる事に成功したのだ。そして彼女はふっと一息つく。
 少し疲れたから暫し休みたい気持ちとなる勇美。そんな考えを振り切るように彼女は口を開いた。
「さて紫さん。道化はここまでにしませんか?」
「あら、気付いていましたか?」
 この場に『これで終わり』だと思っている者は一人もいなかったのである。そう、依姫もその一人であった。
(驚いたわね勇美、貴方が『それ』を見破るなんてね……)
 そう思いながら勇美の成長は本物である事を実感していた。
「ええ、紫さんがこんな優しい弾幕を張る訳がありませんからね。しかも、分かりましたよ、蝶を撃ち落とす度に妖力がばら蒔かれるのを」
 そう得意気に言う勇美に対して、紫はうっとりとした表情で勇美を見据えた。その様は、やっぱりこの子、やるわねと言わんばかりであった。
「そこまで分かっているなら、もう隠す必要はありませんわね」
 そう言って紫はパチンと指を鳴らしたのだ。その瞬間、『来る』と勇美は確信した。
 そして、勇美が身構えると同時位に辺りの空気が一変したのだ。
 熱は存在しないが、日本の炎天下の夏のように鼻から胸に掛けて纏わりつき押し潰すかのような不快な空気が周囲を包んだのである。
 その嫌な空気に耐えながら勇美が目を見張っている先に、みるみる内に『何か』が集まっていった。
 それは蝶の形であった。それだけなら元々の姿に戻ったと言えるだろう。
 しかし、問題なのはその大きさであった。優に全長3メートルは越えているようである。
「……大きくなってる……」
 呆気に取られながら、勇美はそう呟くしかなかった。それだけ新生したその蝶の姿は圧巻の一言であったからだ。
 そんな勇美の様子を、紫は満足気に見据えてながら言った。
「変わったのは大きさだけではありませんよ。……妖蝶ちゃん、お願いね♪」
 そう紫が巨蝶に対して目配せすると、それに応えるようにバサッと勇ましく羽ばたきをして見せたのだ。
 ゴクッ。勇美は思わず唾を飲む。その一動作だけで圧倒されてしまいそうになった。
 さすがは大妖怪の繰り出すスペルカードとでも言おうか。勇美は瞬く間に緊張に包まれるのだった。
 それなら……と勇美は思う。こちらもその心意気に応えなくてはならないだろう。そう心に決め、勇美は次なる手に出るのだった。
 勇美は今力を借りている天津甕星に加え、新たに金山彦命の力を加え宣言する。
「【星蒔「クェーサースプラッシュ」】!」
 その宣言に対して紫も応戦するような形でスペル宣言を合わせる。
「お願いね。【鱗粉「妖蝶の妖しき羽ばたき」】」
 そう言うと巨蝶はその指令を受け、その雄大な羽をバサバサと豪快に羽ばたかせ始めたのだ。
 すると、そこから紫色のもやを凝縮させたようなエネルギー弾が次々と放出されていった。
 図体が大きい分、その迫力もひとしおであった。だが、勇美はそれに怯まずに勇敢に迎え打ったのだ。
「撃ち抜け、星々の機関銃!」
 言いながら勇美はマシンガン状となった自らの武器を力強く構えた。そして、迷う事なく引き金を引く。
 すると、機関銃の銃口から次々と星のエネルギーがばら蒔かれていったのだ。
 そして、それは妖蝶が放った鱗粉の弾丸にぶつかっていく。それにより鱗粉は盛大に粉砕されていく。
 そう、この撃ち合いは勇美に軍配が上がったのだった。彼女は紫の猛攻の指令を僅差で押し退けたのである。
 その好機をみすみす見逃すような人物では、今の勇美はなかったのだった。
「いっけえええーーーっ!!」
 そう吠えるようにする勇美に応えるかのように、機関銃による星の弾丸の連射はますます勢いを増していった。
 星々の弾丸は巨蝶の放つ妖弾を破壊するよりも勢いが増していき、遂には巨蝶本体へと行き着いたのである。
 そして、容赦なく蝶は機関銃の弾の餌食となっていった。次々に蝶の体に風穴が刻まれていく。
 これが本物の生き物なら勇美は引け目を感じていた所であろう。だが、実際は妖力で形成されたエネルギーの塊なのだ。故に勇美が気後れする事はなかったのだった。
 尚も巨蝶は貫かれて穴という穴を体中に開けられ、その度に埃かぶった物置きを開けた時のように煙が舞い散る。
 その行為が続けられていった事で、最早それは蝶の原型を留めていない残骸となっていたのだ。そこで勇美は「今しかない」と弾かれるように思った。
 あの蝶は妖力で作り出したもの。だから撃ち貫いても紫の合図一つで再びその体躯を元に戻すだろう。
 だが、それをさせる気はない。そう思いながら勇美は口角を上げる。
 このタイミングで勇美は新たなるスペルの宣言を行ったのである。
「【空符「倒し難き者の竜巻」】!」
 気付けば勇美の手に持たれていた機関銃は、巨大な送風機へと変貌を遂げていたのだった。そして、さも当然と言わんばかりにそれはファンを回し始める。
 そして、一気に送風は行われたのである。それによりものの見事に蝶だった残骸は無惨にも飲み込まれてしまったのである。
 最早、展開は見えていた事である。その残骸は強風に耐えられる事なく吹き飛ばされていったのだ。
 残骸は容赦なく砕け散りながら次々と風の奔流に飲まれていった。だが、最後まで勇美は気を抜かない。
「何度でも、何度でも吹き飛ばせぇーーーっ!!」
 その勇美の意気込みに応えるかのように風の力は強くなり、それにより敵の体もみるみるうちに削り取られていったのだった。
 そして、気付けば巨体を誇った蝶は見る影もなく綺麗さっぱり吹き飛ばされていたのである。加えて、あの蒸せかえるような妖力もすっかりなりを潜めていたのだ。
「これで、よし……かな? マッくん、お疲れ様♪」
 そう勇美は自分の相棒に呼び掛けると、彼はそれに応える形で送風を止めたのだ。そして、今までの激しい嵐は嘘のように止み、静けさが辺りを支配したのである。
「紫さん、どんなもんですか?」
 紫の難解な弾幕演出を攻略した勇美は得意気にそう言ってのける。
 そんな勇美に対して、紫は柔らかくも妖艶な雰囲気で微笑みながら言う。
「ええ、見事でしたよ──私の最初の弾幕であってもね」
「あっ……」
 その紫の言葉を聞いて勇美は唖然としてしまった。
 そうなのであった。紫は今使ったのが最初のスペルカードなのであった。つまりまだ序の口も序の口という事である。
 厳密には二枚使ってはいるが、二枚目はあくまで補助的な代物なのであった。
 対して勇美はこの紫のスペルを攻略する為に三枚もスペルを使用しているのだ。
 その事から、現状では勇美の方が分が悪い事は一目瞭然なのである。
 その事実を受けて勇美はうつ向いていた。
「あらあら、落ち込んでしまいましたか?」
 そんな勇美を見ながら紫はのほほんとしながらも辛辣な発言をする。
 さすがにこの子に自分の実力の片鱗を最初から見せ過ぎたか。そう思いながら紫は密かに心の内で反省するのだった。
 だが、そんな紫のなけなしの配慮は無用に終わる事となる。
「いやあー、やっぱり紫さんは凄いですね♪」
「はぇっ!?」
 予想していなかった勇美の返答に、さすがの紫もたじたじになってしまった。
 そんな対応をされたものだから、紫は思わず聞き返してしまったのである。
「……あなた、落ち込んでいたんじゃないの?」
 その紫の彼女らしくない配慮の言葉に対して、勇美はあっけらかんとして答え始める。
「いえ、紫さんの事だからこれくらいやってくれていいでしょう。ラスボス戦はこうでなくっちゃね♪」
「ラスボスってね……」
 その勇美の『メタ』染みた発言には、さすがの紫もたじたじになるしかなかったのだった。
 この流れはだんだん勇美に向いて来ているなと紫は思う。しかし、そこは大妖怪たる彼女。そう易々とは事を運ばせる気はなかったのである。
「勇美さん、その勢いを次からも続けられますかね~♪」
 いつもの飄々とした態度で、紫はそう挑発的に勇美に言った。
「!」
 その紫の様相を見て、思わず勇美は戦慄めいたものを覚えてしまう。彼女の今までの経験が、紫は本気である事を告げるのだった。
「では、少し先に参りましょうか?」
 紫はそう言いながら優雅に一礼すると、今よりもやや勇美と距離を取ったのだ。やはり、彼女は近接戦よりも遠距離から攻めるのが得意のようだ。
 そして、紫は一頻り十分な距離を取ると、再びその両手に妖力を溜め始めたのである。だが。
「?」
 勇美は違和感に気付いたようだ。紫が両手に集めた妖力が互い違いに別の性質になっている事に。
 だが、それが何であろうとも、勇美は立ち向かわねばならない事に変わりはないのである。故に彼女は身構える事に全神経を集中させるのだった。
 勇美がそうしている中で、とうとう紫のスペル宣言が行われる。
「【結界「動と静の均衡」】……」
 その宣言により、紫の両手から妖気の弾が放出されていったのだ。そして次々に勇美へと差し迫る。
 こうなれば守りを固めるしかない。勇美は意を決して次なるスペル宣言をする。
「【装甲「シールドパンツァー」】!」
 これまで主である勇美を幾度となく守ってきた、防御専門の装甲戦車がここに顕現したのである。
 それにより、紫の放った妖気の弾はいとも簡単にその鋼鉄の盾に阻まれていった。
「?」
 だが、勇美はここで違和感に気付いたようだ。
 確かに迫り来る弾はこの盾で抜かりなく防いでいる。しかし、それはあくまでも『向かって来た弾』だけなのであった。
 勇美の目の前には、未だにこちらに到達しない弾の群れが存在しているのだった。そして彼女は気付く。
 ──それらの妖気の弾速が遅いのだと。それならば未だに到達していないのにも納得がいく。
 だが、それだけだと説明がつかないのだ。先程から散々盾に打ち付けられてきた弾は何なのかと。
 その答えは次の紫の行動により判明するのだった。彼女は右手を振り上げると、それをおもむろに勇美に向けたのだ。
 その行為に勇美は悪寒を感じた。彼女の経験がこれから起こる事の恐ろしさを告げているのだった。
「それではもう一発どうぞ~」
 そう言いながら紫は右手から妖気の弾を追加で放出したのである。
 今彼女が放ったのは、紛れもなく先程まで盾で防いできた速度の速い弾であったのだ。
「こっちのは速い! でも」
 そう言いながら勇美は臆する事なく盾をその弾へと向け、的確に防いでいく。
「あっ、まずい……」
 だが、勇美はここで事に気付いてしまったようだ。彼女が盾で高速の弾を防いでいる間にも、残っていた低速の弾がじりじりと距離を詰めて来た事に。
「ビンゴ……っと♪」
 そう紫は得意気に言ってのけた。一方で勇美は高速弾を防ぐのが手一杯な所に低速弾を受けてしまい、バランスを崩してしまう。
「くうっ……」
 思わず呻く勇美。だが、それだけならこれまで鍛えられてきた彼女なら立て直しが出来たかも知れない。
 だが、紫の目論みはその先を行っていたようである。彼女は口角を嫌らしく上げながらそれを見ていた。
 そのからくりは、勇美が今防いだ低速弾は高速弾よりも『重み』があったのだ。同じ威力だと思われていた所に、それを上回る破壊力で攻められては判断が追い付かなくなるというものだろう。
 その好機を紫は見逃しはしなかった。彼女はバランスを崩してよろめいている勇美目掛けて容赦なく再び高速弾を撃ち込んだのだった。
「うわあっ……!!」
 勇美は思わず叫び声を上げながら、装甲もろともその場から宙へと吹き飛ばされてしまったのだ。そして、彼女は強かに床に体を打ち付けてしまったのだった。
「うぅ……」
 勇美は唸りながら体を起こそうとするが、そこで首を傾げてしまった。
 ──体が余り痛くないのだ。先程床にぶつかってしまったにも関わらず。
 その事を疑問に思いながら考え込む勇美を、やっぱり紫も小動物的で可愛いなと思ってしまうのだった。
 ずっとその様子を見ていたい気持ちも芽生えていた紫だったが、これでは弾幕ごっこが進まなくなるので答えを教える事にした。
「勇美さん、安心しなさい。この空間の床は結界で出来ていますから、衝撃を吸収しますのよ。だから体をぶつけても余りダメージにはなりませんわ」
「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」
 何て都合のいい空間だろうと思いながらも勇美は紫に感謝するのであった。──これで気兼ねなく弾幕ごっこに集中出来ると。
 その考えは当の紫とて同じだったようで、彼女はこのような事を言った。
「いえいえ、私達が弾幕ごっこをより楽しめればそれでいいのですよ」
「そ、そうですね」
 紫に突如直球的な発言をされて、勇美はたじろいでしまった。やはりこの人は掴み所がないなと。
 弾幕でも上手を行かれて、言葉の掛け合いでもいなされてしまった勇美。だからこそ彼女はこの素晴らしい人には負けたくないと闘志を新たに燃やすのであった。
 そんな勇美の様子を見ながら、紫は感心したように言う。
「あら、押されているのに目はギラギラしているんですね~♪」
「ええ、あなた程の者を相手にしていると思うと燃えるってものですよ♪」
 互いに興が乗って来たわね。傍らで見ていた依姫は実に興味深そうにその様子を目に焼き付けていたのだった。
 ──是非とも玉兎達の士気高揚の為に見ていて欲しかったが、生憎彼女達が今この場にいないのは残念だと思うしかなかった。
 ならば自分がしかと見届けて彼女達にせめて口伝で伝えようと依姫は心に決める。
 そして、個人的には今までずっと自分に着いて来てくれた勇美の勝利を願うのだが、どちらが勝っても意味のある勝負になるだろうと依姫は思うのだった。
 さて、依姫が個人的に応援したい勇美であるが、彼女は今押され気味なのであった。
 ここで依姫がサポートに出ても勇美にとって恥ずべき事態にはならないだろう。それだけこの『八雲紫』という存在は強大なのだから。
 だが、依姫は敢えて手出しはしないと決めるのだった。何故なら今の勇美は助けを求めるような目は決してしてはいなかったからである。
 そして、何かやらかす時の目であるとも依姫は分かっていたのだった。それは彼女がずっと傍らで勇美の成長を見守って来たが故に感じられる事なのである。
 さて、ここからどう出るか、それを見届けさせてもらおうと依姫はどっしりと腰を据える態度で観戦を続行するのだった。
 依姫がそう考えている中で、勇美は口を開いたのである。
「さすがです紫さん。相反するような力を同時に使いこなすなんて。さすがは境界の妖怪って所ですか?」
「ええ、お褒めに預かり光栄ですわ」
 勇美に言われて紫は謙遜せずにそう答えた。
 自分は幻想郷を築き上げた大妖怪であり、その事は誇りなのだ。だから自分は胸を張って威厳溢れる振る舞いをしなくてはいけない、それが紫の心意気なのである。
 故に、この人間の子が何やら新たに仕掛けてきそうであるが、自分は臆さずに迎え打つ、ただそれだけをすればいいと心構えをした。
 そして、勇美は続けてこう言う。
「そっちが一度に二つの事が出来るなら、こっちもそれをするまでですよ♪」
「あなたも?」
 その言葉に紫は首を傾げた。
 自分が一度に二種類の攻撃を仕掛けられるのは他でもない、この境界を操る能力があるからこそ出来る事であり、それに対して紫は誇りを持っていた。
 それを今、目の前の相手は自分もやってみせると言ってのけたのである。
 これには紫は少々の憤りと、確かな期待をしてしまうのだ。さて、この子はこれからどう出てくれるというのか。
 紫がそう想いを馳せていると、勇美は懐から一つの玉のようなものを出したのである。
 そして、それは淡く緑色の液体が中に入っているかのような輝き方を見せている。
 一体何だか分からない代物である。故にさすがの紫も持ち主である勇美に聞いてしまう。
「勇美さん……それは何かしら?」
 自分らしくもない素直な言い草だなと紫は思いつつも、勇美が出す答えに期待をするのであった。
「うん、これは『アバドンズジェネレーター』ですよ。友達から貰った大切な物なんですよ♪」
「そう……」
 期待した自分がいけなかったのか。全く要点を得ない勇美の言葉に、紫は頭を抱えるしかなかった。
 だが、その勇美の嬉しそうに語る様には紫も微笑ましい心持ちとなるのだった。特に、友達から貰った大切な物というフレーズに……。
 そこまで想った紫は少し目頭が熱くなるかのような気持ちになってしまうが、それを彼女は軽く首を振って意識から祓ったのである。
 そう、今はこの子との勝負に集中するまで。紫はそのように心に決めたのであった。
 一方で勇美は一旦『マックス』を火器の状態から解除し、神の力が備わっていない元の機械仕掛けの小動物の形態に戻したのだ。