雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第76話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第七十六話 その後……】
「う……ん」
 少女はけだるい唸り声をあげながら、その意識を覚醒していった。どうやら眠りの世界から現への世界へと舞い戻ろうとしているようだ。
 そして、やや寝惚け眼の状態で布団からその身を這い出させた。今でもその布団は恋しいが、そこから抜け出さなければ始まらないだろうから。
 三大欲求の一つ、睡眠欲へ誘う、布団からの誘惑を断ち切った少女は、寝巻きの襦袢姿のまま朝日を存分にその身に浴びて頭の中にスイッチを入れたのだ。
 その少女の名前は黒銀勇美。そして、彼女が目を覚ましたのは幻想郷に存在する永遠亭の一室に貸し与えられた自室なのだった。
 そう、彼女が永遠亭の家族の一員となってから大分経つのだ。その事に周りも、勇美自身も最早違和感は感じていないのである。
 陽の光を浴びて頭がスッキリと覚醒し、一日の始まりを心地よく切り出した彼女は、手早く普段着へと着替える。
 ちなみに、彼女は寝る時は襦袢の下は完全な素肌なので、着替えは手早く行わなければならない。
 これは、着物だからそうしなさいと誰かに言われたからではなく、完全に彼女のポリシーなのである。この方が体を圧迫するものが存在せずに快適な眠りを満喫出来るとか、着物なら西洋の下着は着けないのが当然とかいう、彼女が自ら進んで行っている事であった。
 更に言えば、別に周りから寝巻きに襦袢を身に付けるように強要されてはいないのである。
 確かに永遠亭の文化は和風に近いものがあるが、だからと言ってその主である蓬莱山輝夜八意永琳も和装を強要などはしていないのだ。
 永遠亭には和装の服は多いものの、全く洋服が存在しない訳ではないし、頼めばいくらでも購入してくれるのだ。ましてやここは永琳の天才的医療技術により収入は幻想郷でも指折りなのだから。
 詰まる所は、れっきとした勇美の要望であり、その事を永遠亭の住人は皆理解してくれているという事であった。
 その事を背景に持ちながら、勇美は普段着へと着替えていった。そう、彼女が幻想郷に来てからの基本スタイルである、黒が基調のスカートのようなミニ丈の和服であった。
 この香霖堂で購入した風変わりな服装も勇美のポリシーの一つである。そして、幻想郷で彼女が生きる証であると考えているのだ。
 そして、今の服は彼女が今でも普遍的に敬愛する綿月依姫と共に選んだ物なのだ。だから、この服には彼女の様々な想いが詰まっているのである。
 勇美はその想いの詰まった服へと着替え終わったようだ。その今の自分の様相を確かめるべく、彼女は自分の部屋の鏡の前へとたった。
 そこには小柄ながらも、独特の服装に身を包む少女がそこにはいたのだった。ミニ丈の和服の裾から覗く脚線が今の自分に出来るせめてものお色気のアピールである。
「よしっ♪」
 そう一声あげて、勇美は意気込んだのである。それはつまり、様になっているという事の自覚であったのだ。
 そして今の勇美のこの姿は、今まで幻想郷で渡り合って来た事の証明にもなるのだ。そう思うと彼女は嬉しさで込み上げてくるのだった。
 それは、勇美が初めて幻想郷に来た時から切望していた事だったのだ。この素晴らしい世界と、少しでも対等に向き合いたいと常に思っていた。
 その願いは月の守護者の一人の綿月依姫との出会いで実現に向かっていったのである。彼女の神降ろしの力を借りて、勇美の能力で生み出せる機械の分身の動力源とする事が出来たが故であった。
 その事は、確実に勇美の運命を大きく変えたのである。それ以降彼女は幻想郷の多くの実力者達と弾幕ごっこをする事になっていったのだから。
 最初はメディスン・メランコリーという新参妖怪故に実力が幻想郷では下の方の者から始まったのである。
 だが、気付けばレミリア魔理沙といった、幻想郷でも指折りの実力者と戦い、そして勝っていったのだ。
 そして、勇美は単に幻想郷の者達に勝っていっただけではなかった。例えば、レミリアの妹で恐るべき力を持ったフランドールが暴走した時は、レミリアと組み、力を合わせて見事フランドールの暴走を止めもした。
 その後、ライバルと言える存在、バッタの集合体の妖怪、皇跳流との邂逅もあった。
 彼女には勇美は最初徹底的に圧倒されて、明確な敗北を喫したのであった。その事に勇美は涙を流したものだった。
 だが、その経験は確実に勇美を強くしたのだった。そして、リベンジマッチといえる再戦で、思わぬ部外者の介入がありながらも、見事勇美は勝利を納めたのである。
 その後は跳流とは良きライバル関係となって、切磋琢磨して互いに己を磨き合う仲となったのだった。そして、勇美に取って二番目の気の置ける妖怪の友達となったのである。
 その経験は確実に勇美を更に大きくさせ、その後彼女は行方不明だった八雲紫の捜索に携わり、月へと赴いた。
 そして、月に現れた『境界』の中で、とうとうその八雲紫本人と対面したのだ。
 勇美は彼女が話す真相を聞く内に、彼女に対して色々物申したい事が出てきたのであった。
 だが、それを口だけで言っては腹に溜まるものが出来てしまうだろう。そう考えた両者は幻想郷流の交流手段である『弾幕ごっこ』にて語り合う機会へと向かったのだった。
 その戦いは今まで勇美が経験した事がない程熾烈を極めたものとなっていったのである。そして、今までで最高に勇美が輝いた戦いでもあった。
 そして、勿論その戦いを通して両者のわだかまりはじわじわと氷のように心地よく溶けていったのだ。
 その戦いに見事勇美は勝ち、そして両者には戦った者だけが味わえる絆が芽生えていたのだった。
 これで万事全てが上手くいった……訳ではなかったのである。そんな二人を嘲笑うかのように『遠音ランティス』と名乗る者がそこに現れたのだ。
 この者こそ紫がかつて第一次月面戦争を仕掛ける為に月へ赴いた時に誕生した精神集合体にして、裏で様々な糸を引いて月と地上の間で全面戦争を引き起こそうとしていた、あらゆる事柄の黒幕だったのだ。
 そのような邪悪の化身に対しても勇美は、弾幕ごっこをすればわだかまりはなくなるかも知れないと切望してランティスとの弾幕ごっこに挑んだのである。
 相手はえげつない効果の弾幕を張るものの、ちゃんと弾幕ごっこに応じてくれて勇美はこれならうまくいくかもと淡い期待を抱いた。
 だが、相手はやはり邪悪の化身だったのだ。弾幕ごっこが自分の思うように運ばないと分かったら、紫を操り、あろうことかその妖怪の膂力で人間である勇美に直接打撃を加えたのだった。
 それにより勇美は命の危機に瀕したのである。幸いにも依姫の伊豆能売の力により一命は取り留めたのだが。
 そして、弾幕ごっこを破棄した遠音ランティスとは依姫、豊姫、紫、そして玉兎達の協力の元、撃破に成功するのだった。
 勇美はその時、命を失いかけた事や、弾幕ごっこを最後までランティスにしてもらえなかった事で色々と傷ついたのである。
 もし、勇美が成長してなまじ強くなっていなければこのような目に遭わなかったかも知れない。
 だが、勇美はその事に関しては全く後悔はしていなかったのだった。何故なら、こうして幻想郷と渡り合えるだけ力を手にして高みに上がる事が出来た訳だし、何より依姫という彼女にとってかけがえのない人と関わり合っていく事が出来たからである。
 取り敢えず今言えるのは、紫がランティスに裏から操られて行った幻想郷のルールから逸脱しかねない最悪の異変は、様々な人妖の協力の元無事に解決し、平和が訪れたという事である。
 今はその事実を勇美は噛み締めるだけである。今日も彼女は彼女らしく過ごすだけなのだ。
 だが、今日は一つやっておかなければいけない事があるのだった。その事の前に彼女は起床後の準備をした後、食堂へ向かい朝食を摂ったのである。
 そして、食後にしばらく休憩をした後、勇美が今日やるべき事をすべく、彼女はある場所へと向かったのだった。

◇ ◇ ◇

「うん、全く問題ないわね」
 言ったのは八意永琳である。そう、勇美は今永遠亭に存在する永琳の医務室へと赴いていたのだ。
 彼女が永琳に診察してもらっている理由。それは他でもない、ランティスに操られた紫の直接攻撃を受けて勇美が生命の危機に瀕した為である。
 あの時は咄嗟に依姫が伊豆能売の神降ろしにより的確な処置が施されて勇美は九死に一生を得たのだ。
 その時の依姫の対処により、勇美は今こうして健康そのものの元気な振る舞いを見せている訳だが、勇美が遭った事を知った永琳が彼女を気に掛けたという訳である。
 それは、彼女が医者であるからに他ならなかった。いくら依姫が神の力で勇美に治療を施したとはいえ、医療に携わる者として勇美を診て安心をしておかなければ気が済まないのが医者というものだからだ。
 勇美もそんな永琳の気持ちを察して、彼女の診察を受ける事に承諾したのだった。何より、勇美自身永琳程の卓越した医療能力を持つ者に診てもらって安心したいという気持ちもあったのである。
「本当ですか、良かったです!」
 そして、永琳から自分無事な事を宣言された事で喜びの言葉を勇美は口にするのだった。
「ええ、問題ないわ。勇美ちゃんは健康そのものよ」
 その言葉は永琳の喜びを素直に現したものであった。しかし、その一方で彼女はどこか複雑な心境となっていた。
 その理由は伊豆能売の力で勇美の受けたダメージが完治してしまっていたという事である。医療以外の方法で傷を癒やす事が出来てしまった、その事に医者たる永琳はどこかやるせない気持ちとなるのだった。
 だが、医者の一番の喜びは診る人間の健康な姿に他ならないのだ。だから、永琳は勇美の元気な姿に微笑ましくなるのである。
 その事を噛み締めながら、永琳は勇美にこう言うのだった。
「もう全く問題はないみたいね。でも、しばらくは私の所にちょくちょく診断を受けに来てくれると嬉しいな」
 それは医者の執念とでもいうべき事だろう。診察者の健康な暮らしを抜かりなく見ていきたい。医者とはそのような信念を持っているのだから。
「はい、もちろんです」
 勇美も永琳の申し出に全く嫌な顔をせずに承諾するのだった。彼女も永琳が自分の事を気遣ってくれているからこそ言うのが分かるからである。
 取り敢えず、今日の所はこれにて診察はお終いであろう。だが、勇美は何か思う所があって永琳に言い始めたのである。
「あの、八意先生……」
「何かしら?」
 診察は済んだ筈なのに勇美は何の用があるのだろうと、永琳は首を傾げながら返した。
「こんな事八意先生に言うのも何ですけど……」
「いいわ、遠慮しないでどんどん言いなさい」
 どこかしどろもどろになる勇美に対して、永琳は優しい振る舞いでそう促した。
「あの、私の胸って大きくなるのでしょうか?」
はえっ!?」
 突拍子もない勇美の相談事に、さすがの永琳も思わず素っ頓狂な声で返してしまうのだった。
「勇美ちゃん、それで言いどもっていたの?」
 そう突っ込みを入れるように言う永琳は、笑いを堪えるのに必死な様相である。それに対して、当然勇美は面白くない訳で。
「八意先生、何も笑う事はないじゃないですか~!」
 勇美はぷっくりと頬を膨らませながら、そう永琳に抗議する。
「ごめんごめん」
 そんな勇美に対して永琳は素直に謝る。ただし、笑いを堪える姿勢は変わらずの状態であるが。
「ごめんね勇美ちゃん。あんまり真剣な態度でそんな事をいうからつい……ね♪」
「もう! 私にとっては死活問題なんですからね!」
 弁明する永琳に対して勇美は全く真剣といった態度でそう抗議する。しかし、その振る舞いが小柄で胸が小さい様相の彼女をより愛らしいものとして引き立てている事に彼女は気が付かないようだ。
 対して、永琳は漸く漏れ出す笑いを飲み込む事が出来たようで、落ち着いた表情で勇美に言い始めた。
「勇美ちゃん、それは人に聞く事ではないわ。自分の成長は自分が一番見守っていくべき事よ」
「あ……」
 そう永琳に言われて、勇美はどこかこそばゆい気持ちを味わいながら、思わず声を漏らしていた。
 そして、その事が大事だというのも彼女には分かるのだった。自分が高みに登っていく様は、自分が一番見てあげなければいけない事、それは依姫と出会ってから今までの経験から感じるのであった。
 でも、勇美は敢えて言わなければいけないのだった。
「でも、胸の事は別なんですよね。はっきり言うと不安でしょうがないって感じで」
「う……ん、私にはその悩みは完全には分かってあげられないわ、ごめんね」
 そう言う永琳のそれは、やはり大きめの一品だからである。『ある』者には『ない』者の事は分かり切るのは難しいのだ。
 だが、そこで永琳は付け加える。
「でも、私がさっき言った事は忘れないでね。自分の事は自分が一番分かってあげられるのだから」
「そうですよね……」
 勇美はしんみりとした心持ちでそう呟く。永琳の言う事はもっともだ。故にその事実に逆らうのは賢明ではない、常識というものだろう。
 だが、目の前にいる人物は常識では計り得ない天才なのだ。『月の頭脳』という二つ名は伊達ではないというものだ。
 その事実に対して、勇美はわらをもすがる気持ちで永琳に聞こうと思うのだった。
「でも、八意先生のような天才なら、もしかしたら分かっているんじゃないんですか?」
 そうのたまう勇美に対して、永琳はいつになく真剣な面持ちとなった。それに対して勇美に緊張が走った。
「八意先生……?」
「勇美ちゃん、それは違うわ」
「……」
 永琳の有無を言わさぬ物言いと雰囲気に勇美は圧倒されてしまう。
「確かに私は天才と呼ばれている存在よ。でも、それイコール『万能』と思ってはいけないわ」
 そう勇美に諭すようにいう永琳。だが、それは自分にも言い聞かせる意味合いもあったのだ。
 自分は天才ではあるが、決して全知全能の存在などではないのだ。でなければ、決して過ちなど犯す事はなかったのだから。
 その過ちの償いの為に、今こうして幻想郷で医者を務める自分がいるのである。そして、無事月と地上に混沌をもたらそうとした邪悪な存在が倒された今、永琳もより月と地上双方の為に尽くさなければならないと心に決めるのだった。
 対して、勇美は自分がいきすぎた発言をした事を些か後悔する。
「ごめんなさい八意先生。私、少しはめを外してしまったようです……」
「いいえ、若い内はその位の方がいいかも知れないわね。だから、そこまで気にしなくていいわ」
 そう言う永琳は、再びいつもの母性溢れる温かい笑みえと戻っていた。
 だが、それもつかの間であった。何を思ったのか、永琳の表情はどこか悪戯小僧のような、はめを外しそうなものとなっていた。まるで、彼女の天才としての性分が出ているかのようであった。
「でも、さっきはああ言ったけど、私には『分かっている』のよね♪」
はえっ!?」
 今度は勇美が素っ頓狂な声を出す番であった。勇美の聞き間違いでなければ、確かに今永琳は『分かっている』と言ったのだ。
「八意先生、それってどういう……?」
「言葉通りよ。私には勇美ちゃんが将来的に、胸がどうなるか分かるって事よ」
「ええっ!?」
 はっきり言って驚愕の事実であった。だが、そのような常軌を逸した事実を素直に受け止められる程勇美は肝が座ってはいなかったのである。
「八意先生、冗談ですよね。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから」
「冗談ではないわ。私は天才だし、ここは幻想郷……正にファンタジーの産物よ♪」
 狼狽する勇美に対して、永琳はここ一番でウキウキした態度を取っていた。天才としての振る舞いが全面に出てしまったようである。
「どうする、勇美ちゃん? 聞きたい?」
 そういいながら所謂『ドヤ顔』でずいっとふてぶてしい得意気な顔で迫って来る永琳。その振る舞いに勇美は完全に気圧されてしまった。
 勇美は最早それ以上の領域に足を踏み入れる勇気はなかったのだ。
 確かに自分の名前には『勇』の字があり、今まで幻想郷での暮らしの中でそれに恥じない勇気は確かに自分に身に付いたと自負出来る。
 だが、これはパンドラの箱なのであった。つまりは開けてはいけない代物なのだ。
 人は自分の未来の事を知ってしまえば、基本的に不幸に陥ってしまうものだろう。だから勇美は、希望は最後まで取って置きたかったのだ。──パンドラの箱は最後に残った中身が希望だった訳だが。
 なので、ここに勇美の答えは決まっていたのだった。
「聞くの、遠慮しておきます……」
「ええ、賢明な判断ね♪」
 そう言った永琳の表情には、感心とふてぶてしさが入り交じった複雑な様相であった。
 そんなやり取りをした後、今度こそ勇美はこの場所から立ち去ろうとする。だが、彼女は永琳が次に言うだろう台詞は何となく分かっていた。
「ところで勇美ちゃん、あなたも『会議』に出るの? 無理強いはしないけど」