雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第75話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第七十五話 残された疑問】
 勇美とブラックカイザーと神々の力を合わせた渾身のスペル『開闢の剣』は的確に紫を捉えたのだった。
 そして、それにより引き起こされた極光の爆ぜも収まりを見せていったのである。
 徐々に晴れていく視界。そこにあったのは……。
「そんな……」
 その光景を見て勇美は、全身から力が抜けていくかのような感覚の元そう呟いた。
 そこには先程と同じように四重結界を張り、見事に防御態勢をとりながら立っている紫の姿があったからである。
 先程相棒と力を合わせた攻撃で最後にすると勇美は決めていたのだった。だが、相手はそれを受けても無事な様相を見せていたのである。
 その事実が意味する所が脳裏をよぎり、勇美はがっくりと膝を地面に落としてしまう。
 それに対する紫はおもむろに口を開いた。
「何言っているの?」
 そう言うと紫は、そこで一呼吸置き、そして続けた。
「……この勝負、あなたの勝ちよ?」
 その一言を合図にするかのように、紫が今張っている四重結界の様子に変化が現れ始めたのだ。
 まず、パキパキと弾けるような音がそこかしこから発生していった。それに追従するかのように細かいエネルギーの破片というべきものが辺りに少しずつ舞い始めたのだ。
 そして、決定的な事が起こる。何と結界にピシリと大きなヒビが入ってしまった。そして、それは次々に結界全体に浸食していったのだった。
 刹那、まるで映画のワンシーンのように結界は激しい音と共に粉々に砕け散ってしまった。それに続いてパラドックスの怪で創り出された世界の空にもヒビが入って砕けていったのだ。
 ガラガラと耳障りな音を立てながら、紫のこしらえた結界と世界は崩壊を迎えていったのであった。
 そして、最後に残ったのは、紫と、今まで戦っていた境界の空間であった。

◇ ◇ ◇

 つまり、この瞬間紫の催したものは崩され、勇美の勝利が確定したのである。
 当然、勇美は暫し呆然としてしまう。何といっても実感が沸かないのだ。幻想郷の管理者たる紫に勝ったという事実を現実のものとして受け止める事が出来なかったのだから。
 そう勇美が呆けている所に、依姫の声が掛かったのだ。
「勇美、しっかりしなさい」
 先程まで目の前から存在を消されていた、憧れの人から声が掛かり、勇美はハッとなって我に返る。
「依姫さん……」
「勇美、気を持ちなさい。貴方は紫との勝負に勝ったのよ」
「私……勝ったんですか……?」
 そう依姫に指摘され、勇美はその事実がじわじわと頭の中に溶け出していくのが分かった。
 それは純粋に嬉しい事であったのだ。自分が紫程の偉大なる存在と渡り合う事が出来たのだから。
 その気持ちを素直に勇美は態度に現すのだった。
「やったー! 私紫さんに勝ちました-!」
 そう言って勇美はその場で飛び跳ねたりしながら、その喜びを行動で示した。
 そんな勇美を見ながら、依姫も微笑ましい心持ちとなる。
「まったく、大したものね勇美は。私がサポートする約束でいたのに、それすらも必要とせずに戦い切ったのですからね」
 その依姫の言い分を、勇美は首を横に振って否定する。
「いいえ、私が勝てたのは依姫さんやみんなと関わった事があったからこそです。だから、この勝利は私だけのものじゃありません」
「それをものに出来たのだから、やはり勇美は立派よ」
 そう言って依姫は勇美に今までで一番労いの意思を見せるのだった。
 そんな依姫に「ありがとうございます」とお礼を言った後、勇美は今度は先程まで接戦を繰り広げた相手──紫へと向かい直したのである。
「紫さん、あなたに『いい勝負でした』なんて言うと上から目線になってしまいますね。だから、とても貴重な体験が出来ました、そう言っておきます」
 そう晴れやかに言う勇美に、紫は微笑ましいものを感じながら返す。
「その様子だと、もう私へのわだかまりはなくなってくれたみたいですわね」
「ええ、今回の勝負で、紫さんは幻想郷のみんなの事をよく見ていたのが分かりましたから」
 勇美がそう言うのには訳があった。まず、妖蝶は彼女のかけがいのない友人の一人の幽々子のスペルを模したような作りであった事。
 続いてラプラスの魔鈴仙の狂気の瞳をリスペクトしたと思われるのだ。それは元は月の住人である鈴仙すら、紫は幻想郷の住人と認めている事の裏付けになるかも知れない。
 極め付きに最後のパラドックスの怪は勇美を意識して繰り出したものである。幻想郷ではまだまだ新参の自分すら見ていてくれたのかと勇美は心温まる気持ちとなるのだった。
 だから、かつて綿月姉妹のヒーロー性を月に知らしめる為に霊夢や依姫を利用した事は許せないものの、紫は幻想郷と関わった者達をよく見て愛している事が確かに感じられるのだった。
 故に、勇美は紫の事を律儀な者だと抜かりなく感じ取る事が出来たのである。なので、これから彼女にもっと歩み寄ろうと心に決めたのだ。
 こうして勇美は紫と分かり合う事が出来たのである。だが、まだ疑問が残っているのだった。
「これで、紫さんの気持ちに近づけたと思います。でも、一つだけ分からない事があるのです」
「……」
 何故か無言となる紫だが、勇美は構わず続ける。
「それは、今回紫さんが月に侵入した事に他ならないのですよね」
 それが最たる疑問なのであった。かつて第二次月面戦争を起こした理由が分かっても、肝心の今回の紫が月に入り込んで来た理由という根本的な疑問が解消しないのである。
 その勇美の問題定義に、依姫も便乗する形を取る。
「ええ、私もその事は気になっていました。そもそも今は月と地上の軸が揃っていないのに貴方が月まで来れた訳もね」
 そう、瞬時に空間を無視して移動出来る紫の『境界』であるが、その対象が宇宙規模となれば話は別なのだ。かつてのように月と地上の位置が直線上に揃わなければさすがの紫とて移動できはしないのである。
 だが、今回はその条件が揃っていなかったにも関わらず、現に紫は月に現れたのだ。その理由を聞き出さなければならないだろう。
 勇美と依姫にそうした疑問をぶつけられた紫は、まるで憑き物が落ちたかのような表情となりながら言い始めた。
「やっぱり話題はその事になるわね……」
 そうぽつりと言った後、紫はほうと憂いを帯びた様子で息を深く吐いた。
「今からなら間に合うかも知れないわ。あなた達、『ここから逃げなさい』……」
「「?」」
 その、話の流れに噛み合っていない紫の発言に二人は当然訝りを見せた。
「早く……早くしなさい……うっ!」
 彼女らしからぬ必死の形相で訴えていた紫の様子が急変した。
「ううっ……」
 そして、急に苦悶の表情を浮かべて彼女は苦しみ出したのである。
「紫さんっ!?」
 当然勇美はその紫の急変に驚愕して彼女を気遣い声を掛ける。その次の瞬間であった。
 突如、紫の頭上に亀裂が入り、バリンと音を立てて空間に大きな穴が開いたのだ。
 それは紫が操る境界とは別物であった。今となっては彼女のそれからは妖しくも暖かみを感じるようになったが、今作られた空間の穴からは不快感しか感じられなかったからだ。
 そして、紫はその大穴に飲み込まれてしまったのである。その、明らかに彼女の境界を使った普段の移動とは一線を画したものを感じた勇美は思わず叫んでいた。
「紫さんっ!?」