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【第十二話 THE LUST 1/4】
玉兎の使う秘密の通路をその後も勇美と鈴仙はひたすら進み続けた。ちなみに花畑を抜けた先は大海原が広がっていたが、そこも二人は問題なく進んでいったのだ。
そして今いる所は辺り一面薄紫色で、そこに無数の泡が浮かんでいるといういかにも夢の空間らしい幻想的な光景が広がっていた。
「綺麗……ですけど……」
そう呟きながら勇美は真っ当な事を思うのだった、『一体ここはどこらへん』なのかと。その疑問を彼女は迷う事なく鈴仙にぶつける。
「鈴仙さん、一体ここはどの辺りなんですか?」
「そうですね~」
その勇美の疑問に鈴仙は暫し考え込む。それはどの辺りかを説明するのは口では些か難しいからだ。
そして、考えた後で彼女はこう答えた。
「う~ん、『第四塊安』というしかないですね」
「『かいあん』……ですか?」
聞き慣れない言葉に勇美は首を傾げる。そして、それを鈴仙は当然の反応だろうと心の中で頷くのだった。
そして鈴仙は、改めて分かりやすく勇美に説明していく。
「あ、ごめんなさいね、分かりづらい言い方で。そうね、これは通し番号みたいなもので、いうなれば『ワールド1-4』的な意味合いよ」
「成る程、分かりやすいです」
勇美はそのゲームが好きな故に、鈴仙にそれを例えにしてもらってすっきりと内容を飲み込む事が出来たのだった。
だが、その例えを用いた事をすぐに鈴仙は後悔する事となる。
「それなら、ここにクッパ大王や偽クッパがいるって事ですね♪」
「いやいない」
そんな亀の化け物いてたまるか。第一ここは建物内に溶岩を溜め込んでいるという理不尽かつ物騒極まりない城ではないし。
だが、気を取り直して鈴仙は言うのだった。
「下らない事言ってないで行きますよ。ここまでくれば月は近いですからね」
「はい♪」
昔夢中になったゲームの話題を下らないと言われた事はさておき、勇美は鈴仙に言われるままに歩を進めていくのだった。
そして、しばらくこの紫の泡の空間を歩いていた二人だが……。
「「!!」」
二人とも場の空気が変わるのを肌で感じたのだ。
「これは一体……?」
「もしかして……」
その正体を計りかねる勇美に対して、鈴仙は何となく見当を付けていた。──出来れば当たっていて欲しくない予想であった。
そして、それは起こった。何もない筈の空間に周りの物と同じ、泡のような物体が集結していったのである。
その後、その泡は粘土細工のようにこね上げられ、徐々に明確な形となっていった。それは、こういうシチュエーションではお決まりの『人型』だった。
人型となった泡。後はフィギュアのようにそこに着色がなされていき、より完全な人の姿となっていった。
その光景を見ながら勇美は呟いた。
「やっぱりクッパ大王がいたんじゃないですか?」
「だから違うって……」
「いや、誰よそれ?」
勇美のしょうもない発言に、鈴仙と今しがた現出した存在は口々にツッコミを入れたのであった。
そして、一頻りツッコミを浴びた勇美の意識はその出現した者へと向かった。
その者は濃い紫色の髪をショートヘアにし、そこにパチュリーやレミリアとは違う、三角帽子型のナイトキャップを被っていた。
頭の様相だけでもそのようにやや特徴的だったが、特筆すべきはその首から下であろう。
その姿は実に奇抜であった。まずは、普通は寝間着にしか使わないようなネグリジェを着込んでいたのだった。しかも、パチュリーのようにネグリジェ『風』ではなく、正真正銘のネグリジェであったのだ。
更に注目すべきはその露出度であろう。まず半袖が目に付き、加えて素足の覗く脚部が艶めかしい。挙げ句の果てに胸元が惜しげもなく開いて、そこから女性の魅惑の一つである肉の谷間が覗いていたのだった。
詰まる所、勇美の肉欲が望むままの理想の完成図がそこにはあったという事だ。
勇美がそのような自分の欲望と向き合っている中で、対して鈴仙は目の前の存在に恐れ慄きながら呟いた。
「まさか……『獏(ばく)』がこんな所に……」
「えっ……!?」
その鈴仙の言葉を聞いて勇美も便乗するかのように慄いた。ただし……。
「な、何で『飢狼伝』の作者様がここに……!?」
このように、いつもの勇美らしくその論点はおかしかったのだった。
取り敢えず鈴仙はツッコミを入れておいた。
「その獏とちゃうわ!」
そして、獏とは生き物の悪夢を食べてくれる存在だと鈴仙は付け加える。
「あ、ああ……そっちの獏さんですね」
「普通先にそれを思い浮かべるものですよ……」
どうひいき目に見ても間違えるなら、動物園で見掛ける黒と白の体毛の生き物までだと鈴仙は頭を抱えるのだった。
だが、そんなコント染みた思考もここで振り払っておかなければならないのだ。
「何で、夢の中で一番危険な生き物が私達の目の前に……」
「危険……あっ!」
その言葉を聞いて勇美はハッとなった。その理由はこの場所にあったのだ。
この場所は地上と月を繋ぐ存在である。しかも、精神世界なのである。
地上、月、精神。このキーワードから勇美の脳裏にある事が思い返されていった。──決して思い返したくない忌まわしき記憶であるが。
確かにあの時、『あれ』は葬られた筈。でも、今の目の前の存在が『あれ』ではないと思い切る事が勇美には出来なかったのだ。
その事により勇美は今さっきまでのふざけた振る舞いが一変し、緊張がその表情に張り付いていた。
そんな勇美の様子に鈴仙はいち早く気付く。
「勇美さん……?」
「あ、鈴仙さん。すみません……」
勇美の鈴仙への返し方は、明らかに異質なものだった。いくら獏が危険な存在とは言えど、勇美の振る舞いはそれを考慮しても異質だったからだ。
(あっ……!)
そして、鈴仙は気付いたのだ。自分は『その場』に直接立ち会ってはいなかったものの、同じ永遠亭に住まう者として、例の出来事の話はしっかりと聞いていたのだから。
加えて、その時勇美が依姫と彼女の神降ろしにより適切な対処を受けて大事には至らなかったものの、勇美が『地上と月の境界で生まれた精神集合体』によってえげつない目に遭わされた事も抜かりなく聞かされていたのである。
「……」
そこまで考えを巡らせて鈴仙は合点がいったのだ。今いるこの秘密の通路は地上と月を繋ぐ精神世界。そして勇美は今目の前に現れた存在をもしかしたら『奴』ではないかと思っているのではと。
無論『奴』とこの獏は姿形が違う。しかし、『奴』は決まった姿形を持っていなかった為、今の見た目で判断するのは愚の骨頂と言えるだろう。
そうと決まれば鈴仙は言っておかなければならないだろう。
「勇美さん、確かに獏は危険な存在だけど、少なくとも『あなたが思っている存在』とは違うものだから、そこまで警戒する必要はありませんよ」
「! 鈴仙さん……」
勇美は鈴仙にそう言われてハッとなってしまった。今正に自分が考えていた事の的を見事に射抜かれたからである。
勇美がそう意表を突かれている所に、鈴仙は優しく彼女の肩に触れながら言うのだった。
「ごめんなさいね勇美さん、すぐに気付いてあげれなくて。普段おちゃらけていても、あなたにだって辛い思いをする事がない訳がないものね……」
「……鈴仙さん」
その鈴仙の気配りに勇美は嬉しくなって、少し涙ぐんでしまう。そんな勇美に対して鈴仙は続ける。
「それに『仲間』ってのはこういう時に助け合うものでしょう。勇美一人で気を張らなくていいのですよ」
勇美は鈴仙の言葉一つ一つが胸の中に浸透していき、優しく溶けて包まれるような心持ちとなっていった。
そして、勇美はその言葉に寄り掛かるのではなく、後押しされる気持ちとなっていたのだ。
それが仲間において一番大切な事だろう。仲間とは拠り所になれど、結局最後に立ち向かうのは他でもない自分自身なのだから。
故に勇美は鈴仙から自らの力で恐れを振り切る切っ掛けを受けたという事だった。
「鈴仙さん、ありがとう。お陰で気分が楽になりましたよ」
「それは良かったですよ勇美さん。それじゃあ、今から一緒に戦いましょう」
「はい!」
ここに勇美と鈴仙の絆は強くなっていたのだった。
「……」
それを遠巻きに見ていた獏は色々な思いを馳せていた。──何やらこの者達には深い事情があったのだと。そして、その事に関しては自分が介入する余地はないだろうと。
なので、彼女は自分が成すべき事の為に簡潔に話をしようと思った。
「お取り込み中に悪いけど、もう話は済みましたか?」
「ええ、少し手間を掛けさせて悪かったですね」
獏の言葉に鈴仙は言葉を返していく。そして、鈴仙はここで先程から疑問に思っていた事を口にする。
「それで、獏のあなたが何故ここに?」
「それはですね。今回の騒動には私も関わっていましてね、それで訳あってあなた達をここから先に進ませない為に現れたという事ですよ」
「成る程、あなたにも事情があるみたいですね。でもこっちも悠長な事は言っていられないんですよ。ここは力ずくでも行かせてもらいますよ」
「そういう事ですよ」
鈴仙の言い分に勇美も軽快に便乗する。どうやら彼女の恐れは払拭出来たようである。
それを聞いていた獏は「やはりこうなりますね」と、やれやれといった様相でかぶりを振るのだった。
「仕方ないですね。ではこれから弾幕ごっこをする間柄になるのですもの、互いに名前を名乗っておくのがいいですね。私は『ドレミー・スイート』。以後お見知りおきを」
そうして丁寧に自己紹介をしたドレミーに対して二人も返して紹介するのだった。
◇ ◇ ◇
そして、いざ弾幕ごっこが始まろうとしていた中で、ドレミーからこんな提案があった。
「それでは、これから弾幕ごっこを始める訳ですが、ここでは少し狭くはないですか?」
「言われて見れば……」
「確かにそうですね……」
ドレミーの主張に二人は同意するのだった。──確かに今のこの場所は通路故に自由に動き回るには些か難儀しそうなのである。
漫画等では目を引くシチュエーションの為に狭い通路での戦いが繰り広げられる事も少なくない。
だが、現実の戦いではそうはいかないだろう。現に格闘技では充分なスペースの用意されたリングの上で執り行われるのである。
ましてや今から始まるのは飛び道具の使用が多い弾幕ごっこなのである。満足に開けた空間がなければ危険であろう。それが故のドレミーの提案であった。
「決まりみたいですね」
二人の同意も受けられて、ドレミーの案はここに決定したようであった。後は行動に移すのみである。
呟いた後、ドレミーはおもむろにパチンと指を鳴らした。
「あ、いいなぁ~。指が鳴るなんて……」
それを高嶺の花と渇望の眼差しで見つめながら勇美は呟いた。誰だって自分にはないものを持つ者は眩しく映るのである。例えしょうのない事であっても、である。
「いえ、そこまで羨ましがる事でもないでしょう……」
「いえ、私に取っては死活問題です」
「そこまでムキにならなくても……まあ、『そろそろ』ですよ」
「?」
勇美がドレミーの言葉に首を傾げるのと同時であった。今いる通路が突如としてウネウネと蠢き始めたのだ。
そして、通路の幅と高さはみるみる内に増していき、気付けばそれは体育館程の広大なスペースを持つに至っていたのである。
「うわあ……」
その派手な変化に勇美は息を飲んでいた。さすがは夢、精神の世界なんだとただただ感心するしかなかったようだ。
「これで広さは十分でしょう。それでは始めましょうか?」
今しがたこの芸当をやってのけたドレミーは、してやったりといった振る舞いでのたまうのだった。
「はい、これで思う存分戦えます。ありがとうございます」
対して、勇美も戦いに適したフィールドを用意してもらってご満悦のようである。
鈴仙の方も準備万端といった様相である。それならば、もう誰もこの場に物を申す者はいないだろう。
「「「いざ!」」」
ここに三人の心は決まっていたのだった。
「まずは私から行きましょう。『聞いた話』によればあなた方は後手の方が得意との事ですからね」
「よく知っておいでですね。一体情報源は誰からですか?」
自分達にあからさまに有利になるような戦い方を提案された勇美であったが、彼女はそれに対して嫌な思いをせずにその情報の主が一体誰だかを聞く。
「おっと、それは秘密事項ですからお答えしかねますね」
だが、ドレミーから返って来た答えは当然そのようなものであったのだった。
対して、そのようなやり取りをする二人を尻目に、鈴仙はおおよその検討を付けていた。
(もしかして……あの人が……)
例の機械が送り込まれて来た事といい、その可能性は高いかも知れないと鈴仙は当たりを付けるのだった。
しかし、当面の問題はそのような推理ゲームではなく、目の前の獏に打ち勝つ事なのである。そう想いを馳せ、鈴仙は勇美に注意を促すのである。
「気をつけて勇美さん。相手は夢の世界の支配者の獏です。だから『あの者』でないとはいえ、油断は禁物ですよ」
「はい、分かっています」
その事実は鈴仙の立ち振る舞いから勇美は理解しているのだった。だから、彼女とてその警戒の気持ちに抜かりはなかったのである。
「準備はよろしいようですね、では行きますよ」
そう言って、ドレミーはそのネグリジェからはみ出た豊満な胸元からスペルカードを取り出したのだ。はっきり言って青少年に悪影響が出るだろう光景であった。勇美達は少女な訳ではあるが。
その光景に当然勇美は目が釘付けとなっていたのであるが、その間にもスペル発動はされていくのであった。
「まずは小手調べですね。【夢符「緋色の悪夢」】」
「いえドレミーさん、小手調べどころかメインディッシュでしたよ、ご馳走様でした♪」
「勇美さん、そういった煩悩を捨てて下さいって……」
戦いが始まったというのに集中しない勇美に対して、鈴仙は呆れながら注意を促した。
「……穢れていますね、あなたの頭の中は。でもそういうの、嫌いじゃないですよ」
そうやんわりと言ってのけるドレミーのその態度は実に包容力のある大らかなものであった。だが、ここで彼女は「でも……」と付け加える。
「ですが油断しない事ですよ。もう私はスペル発動をしたのですからね♪」
ドレミーがそう言うのと同時であった。彼女の体からスペル名の通り、正に赤い炎が吹き出して来たのである。
「来るっ!」
そう言って早速始まった攻撃に対して勇美は身構えるが、ここで何かおかしい事に気付くのだった。
(あれっ……?)
思わず首を傾げる勇美。彼女がそうするのも無理はないだろう。何せ自分達に向かって来るだろうと思われた炎の奔流は、いつまで経っても一向にこちらに来なかったのだから。
代わりに放たれた炎はドレミーの隣に、コップに注がれる水の如くどんどん堆積していった。
「何が起こるの……?」
その不条理な光景に、勇美はただただ目を見張るしかなかった。
「量はこれ位でいいですね」
一頻り炎を吹き出して固めたドレミーはおもむろにそう言うと、「はっ!」っと一声掛け声を入れる。するとそれは起こった。
ドレミーのその一声に呼応するように、炎はウネウネと蠢き始め、不定形だった状態から徐々にその形を作っていったのである。
そして、その炎の工作は完了する事となる。つまり、既に明確な形をそれは持っていたのだった。
その形は……。
「お馬さん……?」
勇美がそう呟いた通り、炎は形を変えて燃え盛る赤い馬の姿へと変貌していた。
勇美の呟きに対してドレミーはやんわりと微笑みながら、丁寧に説明していった。
「悪夢とは英語でナイトメア。そして、メアとは雌馬の事。なのでちょっとした洒落でこのようなスペルを作って見ました」
「ほええ~……」
ドレミーの語る所の真意に目を向けながら勇美は呆気に取られてしまっていた。
その理由は、このように『洒落』で今のような芸当が出来てしまった事にある。
さすがはここは夢の世界と言うべきか。いや、真に凄いのはその世界の力を完全に操るドレミーにあると言えよう。
鈴仙が言った通りである。このように獏は夢の世界で一番危険な生き物のようだ。
(だけど……)
だからと言って負ける訳にはいかない。幻想郷や綿月姉妹を護る為、そして勇美自身が負ける事を嫌うからである。
勇美がそうこう考えている間も、その赤き馬は鼻息を荒げ地面を蹄で蹴りながら臨戦体勢に入っていたが、それはドレミーの手によって終わりを迎える事となる。
「さあ行きなさい、私の可愛い炎の馬よ!」
いよいよを以て、ドレミーは自分の生み出したエネルギー体の遣いへと命令を下したのである。そして、その命令に応える形で赤き馬は勇ましく嘶いたのだった。
そして、その赤き馬は一頻り嘶いた後、如何にも準備万端といった生き生きとした様相となり──とうとう勇美達へとその身で以って突っ込んで来たのだった。
更にはその速度は非常に速いものであった。伊達に馬の形態は取ってはいないという事であろう。
「来た!」
当然その猛然とした光景に勇美は驚くのであった。だが、彼女には今『仲間』という掛け替えのない存在が側にいるのだった。
「勇美さん、ここは私に任せて下さい!」
言うと鈴仙はその馬と同じ赤い瞳を更に赤く光らせ、その馬目掛けて視線を送ったのだった。
そして、とうとう馬はその兎と目が合ってしまったのだ。俗的に人参を好む動物同士の瞳合わせであったが、それは決して同志として絆を生むものとはならなかったのである。
鈴仙のその狂気の瞳の直視を浴びてしまった炎の馬には、すぐに異変が起こったのである。
馬は激しく嘶き、鼻息も荒げ、まっすぐにこちらに向かっていた軌道も変えてしまったのだった。そう、例えエネルギー体と言えど、生き物の形態を取り意思を持っている以上、瞳を合わせれば鈴仙のその狂気の瞳から逃れる術は存在しないのである。
猛り狂い、平常心を失った馬は、主たるドレミーへとその身を肉薄させていったのである。ドレミーにとって飼い犬に腕を噛まれるとは正にこういう状況の事であろう。
このままではドレミーは自分の生み出した遣いに迫られ、その身を焼かれてしまうだろう。だが、彼女は至って冷静であった。
「相手の攻撃をそのまま返す。いい狙いですね。でも、ここが夢の世界で、私がその支配者だって事を忘れてはいけませんよ」
そうドレミーは言うと、その身を軽やかに翻して跳躍したのであった。
宙を舞うドレミー。そして、彼女の眼下に存在する足元には例の暴走じゃじゃ馬がいたのである。そのままその馬へと彼女は重力に引かれて迫って行く。狙うは勿論、彼の逞しい背中である。
この状況から察せられる事実は一つであろう。そう、彼女はその暴れ馬に自らが乗り、統率を試みようとしているのだ。
理に敵った行動である。だが、ここでその炎の馬とは別の火が付いてしまったものがいた。
「うわあ! ドレミーさん、ネグリジェ……つまりスカートのままお馬さんに跨る気ですか。それはいい心掛け……いや、けしからん事ですぞぉ~♪」
そう、他でもない脳味噌の中が永遠の春である勇美であった。彼女はこれから起こるだろう、彼女にとってありがたい惨状に今か今かと心を弾ませるのだった。
だが、悲しいかな。世の中は携帯獣を集める時のみならず、いつもいつでもうまくいく保障はどこにもないものなのだ。
「残念ですが、出来ません……ではなくて、心配には及びませんよ♪」
ドレミーは間違ってRPG作成ツール5作目のやり取りのような台詞を言いそうになるが、落ち着いて訂正して勇美に諭すように言った。
「はっ!」
彼女は宙を舞ったままそう掛け声を出すと同時、ドレミーのその身が眩い光に包まれたのである。それは一瞬であった。
そして、その光が収まった時悲劇は起こっていたのだった──無論、勇美にとってのだが。
「ドレミーさん、何ですかその格好は……」
勇美が呟きが示す通り、ドレミーの服装が変化していたのだった。彼女はまるで、カウガールのような風貌へと成り代わっていたのである。馬を乗り回すに相応しいのはこれと判断したドレミーの遊び心というものであろう。
女性がそのような格好をすると、可憐さと格好良さが合わさった魅力があるのだが、悲しいかな、今までの妖艶ネグリジェの前では霞んで見えるのだった──無論、勇美にとってだが。
「ネグリジェェェ……」
勇美は泣いた。その泣きっぷりは、彼女が少女でありながら、男泣きとすら思えるものであった。
「勇美さん、戦いに集中して下さい……」
「鈴仙さん、貴様には分かるまい。あのネグリジェの魅力というものは!」
「貴様!?」
仲間からとは思えぬような暴言に鈴仙はたじろぐしかなかった。そして思った。
(この人間、駄目だ、早く何とかしないと……)
なので、彼女は強行手段に出るのだった。
「【狂符「幻視調律(ビジョナリチューニング)」】……」
赤い瞳を光らせ、そのスペルを鈴仙は勇美に向けて放ったのである。変な物が見えている彼女の意識を調律するにはこれがピッタリだと思っての事であった。
そして、その効果は確かにあった。
「あ、鈴仙さん……。私、今まで何を?」
「あ~、戻って良かった……」
かくして、ここに勇美は『しょうきにもどった』のであった。めでたしめでたし。
「って、戦いは始まったばかりですって!」
そうメタ的なツッコミを鈴仙は誰にともなく入れながら、やるせない心持ちとなっていった。