雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第70話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第七十話 訪れる邂逅:後編】
 とうとう八雲紫の境界の中へ入り込んだ勇美。そこは、不思議という言葉でしか説明出来ない場所であった。
 外から見えた裂け目の通り、辺り一面赤と紫の斑のような空間が広がっているのである。
 この場所では昼や夜、縦や横とは一体何かという質問すら意味を持たないと思われる程だ。
 そして、その斑の空間を彩るかのように眼球のようなものが辺りに散りばめられているのだ。それはもう『禍々しい』という言葉では説明しきれない程の産物であった。
 だが、勇美はその恐怖に飲み込まれずに済むのだった。何故なら。
「依姫さん!」
 そう、この場所には勇美の一番大切な人が確かにいたからであった。
「勇美、よく来たわね」
 そう落ち着き払いながらも依姫も、勇美が無事に来た事で安堵の様子を見せる。
 互いに見知った者同士を認識し合い、二人は一先ず一息つくのであった。
「依姫さん、ここが境界の中なのですね」
「ええ、間違いなさそうね。この場所から『彼女』の妖力を感じるから」
 そう言い合って二人は今まさに八雲紫の領域へ足を踏み入れた事を再認識した。
 そこへ、依姫は言葉を付け足す。
「そして、彼女は私達を歓迎するようね」
「えっ?」
 そのような予想をしていなかった事を依姫に言われて、勇美は困惑してしまった。そして堪らずにその理由を勇美は聞く。
「どうしてそのような事が分かるのですか?」
「分からない?」
 依姫はそう言いながら、然り気無く自分の足元に目配せをしたのだった。
「!」
 それにより勇美は『気付いた』ようであった。
 今いるこの場所は上下といった概念すらも存在するのか怪しい空間なのだ。そんな所にいながら勇美達は今までちゃんと『足を付けて』いたのだ。
 その矛盾するような現状を説明するものが、依姫の視線の先にはあったのである。
「……足場がありますね」
 勇美のその言葉が答えなのであった。今彼女達がいる足元には薄いガラスのような、光を固形にして敷き詰めたような白い半透明のものが存在するのだった。
 そして、それは一直線に先の先まで伸びているのだ。そう、別れ道の類いはなく見事な一本道なのである。
 それが意味する所は……?
「紫さんが私達を招き入れる為に創ったという事でしょうか?」
「それは私にも分からないわ」
 いくら実力では自分の方が上回っているとしても、依姫でも分からない事はあるのだった。それを彼女は素直に口にしたのだった。
 その依姫の正直な振る舞いが勇美には嬉しいのだ。自分を偽らない依姫だから、今まで勇美は彼女の下で奮闘しようと思えてきたのだから。
 だから、勇美にとって綿月依姫という存在は心強いのだ。故に今回の未知の領域への挑戦も、彼女と一緒なら切り抜けられるというものなのだった。
 そんな依姫と一緒なら、ここから先恐れるものは余りないかも知れない。そう思うと勇美には胸の内に何か熱いものが込み上げてくる感覚となるのだった。
 勇美がそんな事を思っているのを知ってか知らずか、依姫はこのような事を言い始めた。
「勇美、貴方はもう十分な実力を身に付けています。後は『勇気』を出すだけです。貴方の名前には『勇』の字があるだけあって、勇美は勇気のある子なのですから」
「あっ……」
 依姫のその言葉を聞いて勇美は呆けてしまった。
 勇美は母親にはいい思い出は少ないが、自分と同時に妹の楓を生んでくれた事に感謝しているのだ。
 それに加えて、自分に名付けてくれた『勇美』という名前についてもであった。この名前は彼女自身も誇りに思っているのだ。
 そして、勇美は今そうした自分の価値を再認識出来たのだ。当然その事を思い起こしてくれた依姫にも感謝をするのだった。
「では、行きますよ」
「はい、依姫さん」
 そう言いあって二人は今いる異空間の探索を始めるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、境界内の空間を二人は練り歩いていた。その中で二人は思っていた。
 ──やはり、この空間は物理法則がおかしいと。
 まず今まで歩いて来た光の道が一定の所で後ろから、チョコレートのようにとろりと溶けてしまうのだった。
 来た道を引き返す事は出来ないようだ。相手は此方を歓迎するようであるが、踵を返して逃げる事は許さないようかのようだ。
 つまり、この空間から再び外へ出るには、この空間の主『八雲紫』その者と会わない限りは叶わないだろうという事であろう。
 更に極め付きは、光の道に沿って進んでいると、まるでジェットコースターのように上下が逆転している事態に幾度となく遭遇するのだった。まるで美術作品の『シュレッダーの階段』のように空間がまともな物理法則の元には構成されてはいないのである。
 これらの要素に勇美は呆気に取られるしかなかったのである。いくら幻想郷が外の世界の常識が通用しない所だっとはいえ、この空間はそれ以上に狂っていたのだ。
 そのような事を思いながら、勇美は口を開いた。
「これが……八雲紫さんって事なんですね。掴み所のない、得体の知れない存在って事ですね」
 身震いしながら勇美はそのように紫自身に対する感想を述べたのだった。
 そんな勇美に対して、依姫は優しく彼女の肩を撫でる。
「確かに相手は、勇美が今まで戦って来た者達の中で一番脅威である事は間違いないでしょうね」
「……」
 依姫にそうきっぱりと言われて、勇美は無言になるしかなかった。しかし、そんな勇美に対して依姫は付け加えた。
「ですが、私達が付いています。だから安心しなさい」
 その心強い依姫の物言いに勇美は安堵を覚え、心地よい気分となる。
「それに、貴方にも神の力は付いているのですから、自信を持ちなさい」
「はい、そうですね」
 そう勇美は返しながら思った。依姫から借りる形となった神降ろしの力。その力で勇美は数々の弾幕ごっこをこなしてきたのだ。だから、今回もその力で以て戦うまでであると。
 そう改めて心に誓った勇美は、依姫と共に境界内の探索を続けていく。
 そうしていると、今までと様相の違う場所へと辿り着いたのだ。
 そこは、境界の中にして、更に空間に穴が空いていたのだ。まるで洞穴のようにぽっかりと。
 それを見て勇美は何か不思議な感覚に陥り、何故かそこに引き込まれるような気持ちに陥るのだった。どこか、懐かしい感じがそこから漂ってくるのである。
「依姫さん、これは……」
「そこがどうしたの?」
 対して勇美に呼び止められた依姫は、別段気にした様子はなかったのだ。
「えっ?」
 そのような事が今までにあっただろうか? 様々な観点で鋭い依姫が注意を向けず、先に勇美の方が注目するなどという事が。
「どうしたの、勇美?」
「あ、いえ。依姫さんよりも先に自分が注目するなんて事もあるって事に驚いてしまったんですよ」
「確かに……」
 勇美にその事を指摘され、依姫は素直にそれを認めたのだった。これには何か、特別な事情があるのではないのか。
「それで、どうしますか?」
「そうね……」
 勇美にここから先どう動くかを聞かれ、依姫は考える。それは一見長くなるかと思われたがそこは依姫、的確な判断をすぐさま下したのだ。
「行きましょう。万一の時は私の神降ろしがあるし、お姉様を始めとした皆へ呼び掛ける事も出来るしね」
「はい、それじゃあ入りましょうか」
 二人はそう言うと、一緒にその空間の穴へと入り込むのだった。

◇ ◇ ◇

「ここは……?」
 穴に入り込んだ瞬間に目の前が真っ白に目映く光り、暫くその状態が続いたが、それもようやく終わりを迎えたようだ。
 勇美が今の状況を理解し始めると、驚愕する事となるのだった。
「ええっ!?」
 思わず声を上げてしまう勇美。その理由を説明する為に今の状況を明確にしていこう。
 まず、勇美が足を付けているのは先程までの光の板ではなく、しっかりとした地面だったのである。
 それは、柔らかい土ではなく、無機質な感触のする固形の地面であった。
 そして、辺りには滑り台やブランコといった遊具や、水飲み場、街灯などが存在していたのである。
 それが意味する所は……。
「公園だね、ここ」
 勇美がそう呟く通りの事であったのだった。紛れもなくここは子供の遊びや大人の休憩等の為に作られた公共の憩いの場、公園そのものであった。
「公園?」
 依姫は聞きなれない言葉に首を傾げるのだった。それを勇美はおやっと思う。
「依姫さん。公園をご存知ないのですか?」
「ええ、月では見られない産物ね」
「そうなんですか」
 依姫に対して相槌を打ちながら、勇美は徐々に合点がいくのだった。
 依姫が知らないものだったからこそ、彼女は勇美とは違って感じる所がなかったのだと。
 そして、外の人間である勇美には馴染みの深いものだったから彼女にだけ感じる所があったのだろう。
 だが、目を向けるべき事は他にもある。
「何でこんな所に公園が……?」
 それが一番の問題であった。今まで勇美達は境界の中を探索していた筈であった。それが今は、勇美の育った外界の産物である公園にいるのだ。
 それに対して依姫は答えていく。
「常識で考えてはいけないわ勇美。ここは幻想郷の管理者の管轄にある空間なのだから……」
「確かに……」
 依姫の言葉は大雑把なものであろう。だが、それで説明となって通用してしまうのだから、八雲紫の存在の影響力というのが計り知れない事を物語っているのだった。
 と、ここで依姫は少し話題を変えるのであった。
「ところで勇美、貴方はここで何を感じるのかしら?」
「そう言いますと?」
 依姫の質問の意図が分からず、勇美は首を捻る。
「ここは私には馴染みのない空間だから、私には何も感じる事は出来ないのよ。だけど、勇美なら何か感じる所はあるでしょうから」
「う~ん……」
 そう言われて勇美は悩んでしまう。何せ依姫に分からない事の答えを委ねられてしまったのだから。そうして暫く返答に困っていた勇美だが、だんだんとこの空間から感じるものの答えが出てくるのであった。
「えっと、うまく言えないんですけど……、何か懐かしさを感じます」
「懐かしさ、ね」
 そう勇美の答えを反芻する依姫。それは悠久の時を生きる依姫にとってやや馴染みのないものかも知れないだろう。人間である勇美よりも永い時を過ごす課程で、過去のものに懐かしさを感じる感覚が鈍っているのだから。
 そして、懐かしさとは。勇美が幻想郷に降り立ってから暫くするから、外界の産物にそういった感情を覚えるのだろうと依姫は思うのだったが、勇美はこの後を続けた。
「ただ、私にとって暫く見なかったものだから懐かしいって感じたのも勿論あるのですが、それとは違う何かを感じるのです」
「それは何かしら? 分かる範囲でいいから教えなさい」
「そうですね……」
 依姫に言われて考えあぐねいた後、勇美は「よしっ」といった風に一呼吸置き、それから言い始めた。
「何となく感じるんですけど、切なさとか、もう二度と手に入らないような感覚といった、何か胸が少し締め付けられる……そんな不思議な感覚ですね」
「そう……」
 依姫は相槌を打ちながら、ここはもう自分の出番ではないと思うのだった。自分に分からない感覚に悩んでも理解出来ない限界というものがあるからだ。
 勇美の方も、自分も漠然とした感覚しか認識出来ない、今まで困った時自分を導いてくれた依姫にも分からないのでは埒が明かないと、これ以上の詮索はやめようと結論付けるのだった。
 そう勇美が思った時、場の空気が変わったのだ。
 公園の外の道から、賑やかに話をしながらここに入って来る二人の人影を認識出来たのである。
「誰ですか?」
 そう勇美はその存在に声を掛ける。だが、向こうから返答は無かったのだった。
 そればかりではない、その二人の姿も、話す内容もノイズが入ったようにはっきりと認識が出来なかったのだ。それは改めて目を凝らして聞き耳を立てても結果は同じ事であった。
 だが、辛うじて分かる事があった。二人の存在の内一人は白いカッターシャツに黒のスカート、もう一人は紫色のワンピースを身に纏っているという事であった。
 その存在がいよいよ公園の中へと入って来たのだ。
 ──今まで遠くにいたからうまく認識出来なかったのかも知れない。なら、今度は近くに来れば。
 勇美はそう思い、全神経を集中させた。そして、いざ二人の存在に目を向けよう。そうした瞬間、辺りが眩い光に包まれてしまったのだった。
「……?」
 勇美が今の状況を再認識すると、再び赤と紫の悪趣味なグラデーションの空間へと戻って来ていたのである。
 ──真相を掴めなかったか。勇美は少し惜しい気持ちとなった。
 そして、今いる場所にはもう先程の空間の穴は存在していなかったのだ。
「あの場所と、あの二人は何だったんだろう……?」
 そう勇美は呟きながら考え込む。普段頼みの綱である依姫に聞いても答えは分からないだろうから、余計に悩むのである。
 そんな勇美に対して依姫は答える。
「残念ながら、今回は私は力になれないわ」
「そうですよね……」
 それを聞いて勇美は少し落ち込んだような気分となる。しかし、その後を依姫は続ける。
「だから、今回は貴方が先頭に立って進むべき、そう私は思うわ」
「私が……先頭に、ですか?」
 そう言われて勇美はキョトンとしてしまった。この場でそのような事を言われるとは予想外であったからだ。
 そんな勇美に対して、依姫は返す。
「そう、今回の主役は貴方という事よ。勿論私もサポートはするけどね」
「……」
 話が考えていなかった方向性になっていったので、勇美は戸惑ってしまい、悩んでしまう。
 そんな勇美に、依姫は優しく肩を触りながら言った。
「そう気張る必要はないわ。先頭に立つと言っても、貴方は今までと同じように立ち向かえばいいのだから」
 そう、今まで幻想郷で弾幕ごっこを積み重ねて来たように、その経験を活かす、それだけでいいのだと依姫は結論付けるのだった。
「今まで通り……ですね!」
 そう依姫に言われて、勇美も調子が戻ってくるというものであった。今までの通り自分らしく立ち向かえばいい、それだけの事であると。
「話も決まった事だし、先を急ぎましょうか?」
「はい、そうですね」
 これにて勇美と依姫はお互いに腹が決まったようであった。後は、このイベントを仕掛けた張本人の元へ向かうだけであるのだった。
 そして、一行は再びこの非現実的な空間を練り歩いて行ったのである。
 通路とは呼べないような道であったので、これがいつまでも続くのではと錯覚してしまう程であった……が、終わりというものは必ずあるのだ。
「あ、あそこがゴールって事でしょうか?」
「そのようね」
 そう二人が言い合うように、ずっと続いていた道に明らかな変化があるのだった。
 続く道の先にあったものは、大きな円形のホールのような開けた場所であった。そして、そこから先には道は伸びていなかったのだ。
 ──ここが最終地点、そう判断して間違いはなさそうだった。
 何故なら、極め付きにそこには一つの人影があったからである。そして、その人影はこちらに語り掛けてきたのだった。
「ようこそ私の空間へいらっしゃいました」