雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第63話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第六十三話 月に出て行くか:後編】
 永遠亭の会議の後、勇美はそわそわした様子で自室にいた。今の彼女は地に足が着かないような不安を煽るような浮遊感に包まれているのだった。
(どうしよう……話が色々飛びすぎだよぅ~)
 そうのたまいながら勇美は机に突っ伏して悶えてしまった。とてもではないが普段の趣味である読書には身が入らない状態である。
 そして、話は会議の時まで遡る。

◇ ◇ ◇

「ええ~、お尻の中にですか~」
「違うわよ」
 勇美の『くそみそ』なボケを依姫はさらりと流した。相手にする事こそ正にくそみそであるからだ。
 そして依姫は再度言い直した。勇美がワザとボケないと気が落ち着かなかった事を認識しつつも、ここは敢えて心を鬼にすべきだろうと考えて。
「もう一度言うわ勇美。八雲紫の痕跡は『月』で認識されたものよ」
「ああ、やっぱり……」
 再度依姫に言われて、勇美はその事実を受け止めるしかなかったのだった。そんな状態の勇美に、依姫は話を続ける。
「これは月にいる玉兎達から送られて来た情報よ。彼女達の感覚は敏感だから間違いはないと思われるわ」
 兎は天敵から逃れる為に敏感になり、特に視野は340度にまで及ぶのだ。さすがに人型化した玉兎にはそこまでの視野は残ってはいないが、その危険察知能力は衰えてはいないのである。
「それに、今は特に偵察に優秀な玉兎がいる、その状況での事よ」
「それってどういう事ですか?」
 依姫に思わせ振りな事を言われて、勇美はデジャヴを覚えた。玉兎の話でそのような事がどこかであったような?
「それは今は秘密です」
「そんな~」
 依姫にはぐらかされて勇美は項垂れてしまった。
 そんなやり取りをしつつ、依姫は続ける。
「つまり、そういう訳だから、玉兎達から送られて来た情報には信憑性があるという事ですよ」
「う~ん、そうですよね」
 依姫の掲げる理屈に、勇美は納得するしかなかったのだった。
 しかし、ここで勇美は思った。この話は自分の付け入る余地はないのではないかと。
「取り敢えず話は分かりましたが、今回の事は私の出る幕じゃないですよね?
 頑張って下さいとしか言えませんが、私は成り行きを見守る事にしますよ」
 言って勇美は「失礼しました」とこの場を後にしようとした。
 まあ、自分は取り敢えず自室に戻って趣味の読書でもしよう。今の事態が気にならないと言えば嘘になるが、この問題は自分が関与しても意味がないだろう。
 そう思いながら踵を返そうとする勇美であったが、ここで彼女を呼び止める声があったのだ。
「勇美ちゃん」
 この場で勇美に『ちゃん』付けする者は一人しかいない。その者の名前を勇美は口にする。
「八意先生……?」
 勇美に呼ばれた者。それは紛れもなく永遠亭を支える真のトップである八意永琳その人であった。
「どうしたのですか八意先生?」
 再度勇美は永琳に確認した。自分が呼ばれたのは聞き間違いではなかったかと確認する為である。
 だが、それは思い違いであったと勇美は思い知らされる事となる。
「勇美ちゃん、呼び止めてごめんね? でもあなたには言っておきたい事があるのよ」
「それは何ですか?」
 要点を得ない勇美は永琳に聞き返した。一体何事だろうかと。
 その疑問に、永琳は丁寧な口調で答えていくのであった。
「勇美ちゃん、あなたには豊姫と依姫と一緒に月へ行って八雲紫の足取りを追って欲しいのよ」
 永琳が言い切ると暫し静寂が辺りを包んだ。そして、当然のようにそれは破られるのだ。
「わ、私がですかぁ~!」
 ある意味台本通りのような反応をしてしまったと勇美は思った。だが、それでもこういう反応をするしかなかったのである。
「ええ、勇美ちゃんに頼みたい事なのよ」
 さらりと、しかし慈愛に満ちた口調と表情で永琳はそう勇美に告げた。
 そして永琳は続ける。
「勿論無理強いはしないわ。私達は勇美ちゃんの意思を尊重したいからね」
 意思の尊重……その言葉は慎重に見極めなければいけないだろう。何故なら支配型で他人を自分の思い通りに操ろうとする人間程、外面を良くしようと建前でその言葉を使うからである。──勇美の母親にも当然のようにその傾向があるのだった。
 だが、勇美はこの時感じた。──この人は断じて母親のような取り繕いから言っているのではないと。
 自分の帰る場所となっている永遠亭や、第二の故郷となりつつある幻想郷の力に少しでもないたいと切望する勇美の心境を察しての事だと彼女は感じ取っていた。
 だから、勇美の答えは決まっていた。
「はい、その任務、私にも手伝わせて下さい」
「勇美ちゃんならそう言ってくれると思っていたわ」
 固い決意の現れをその瞳に宿して言い切った勇美に、永琳は憑き物の落ちたような雰囲気を醸し出しながら言った。
「やっぱり、ですか?」
 永琳に言われて、勇美は首を傾げてしまった。
「ええ、豊姫と依姫は私の元弟子、そしてその二人に着いて行ったのが勇美ちゃんだからよ。
 つまり、勇美ちゃんには間接的にだけど私の想いが伝わっているのだと私は考えていたけど、その事が今分かったわね」
「何か、いいですね、想いが繋がっていくのって……」
 永琳の考えに賛同しながら勇美は思い出していた。最初に依姫が勇美にコンタクトを取ったのは、自分が姉や師に恵まれたから、今度は自分を必要としている者に応える番、それが勇美だったという事を。
 あの切っ掛けがなければ、今の自分は存在しないだろうと勇美は痛感するのだった。そして、今の自分を導き出してくれた全ての者に勇美は感謝の意を示す。
「八意先生、豊姫さん、依姫さん。ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」
 そう言って勇美は深々と三人に頭を下げるのであった。
 その様子を端から見ていた鈴仙も、今勇美が関わっている者達と一つ屋根の下にいる事を誇りに思えるまでに至っていたのだ。それも勇美の影響があるだろう。
 そして、藍も自分にもそういう大切なものがある事を思い出して暖かい心持ちとなっていた。加えて、自分の主を見つける事に積極的になってくれた勇美に密かに感謝の念を覚えるのであった。

◇ ◇ ◇

 そういう出来事に遭った勇美であったが、彼女は今悩みあぐねいでいた。
「あ~っ……」
 ぐりぐりと頭を机に擦る勇美。ボーイッシュなショートヘアだから多少乱れても直ぐに直せるのは幸いだろう。
 勇美がそうして悩んでしまうのも無理のない話なのかも知れない。
 確かに自分は神降ろしを借りながらも弾幕ごっこに勝てるようになって自信がついてきた。そして跳流という強敵にも勝つにまで至ったのだ。
 もうここには母親の悪影響でコンプレックスの塊だった勇美は存在していないのである。
 だが、今回の事は話が飛びすぎていたのだ。
 まず、八雲紫を追って月まで行くという話である。霊夢達は既に経験すみであるが、勇美にとっては未知の領域なのだ。
 勇美も天子達のいる天界に行きはした。だが、そこも地球の領域なのである。
 だが、今度は地球外の月であるのだ。これは国内旅行と海外旅行のようなもの、いや、その規模を更に増幅させたようなものなのだ。
 次に、勇美が永琳達のような重役から必要とされている事であった。
 もう勇美は「私なんか」という無粋な考えは抱かないまでに成長していたが、今度の場合は皆から多大な期待を寄せられているのだから、今までとは勝手が違うのである。
 様々な思いが頭をよぎり、勇美は胸が押し潰されそうであった。今回ばかりは元々潰れるような胸は無いと考える余裕もなかった。
 勇美は何とか気分を落ち着かせる事は出来ないかと思考を巡らせていた。そして、越えてはいけない一線に差し掛かる。
 ──そうだ、『一人遊び』でもしてみよう。頭の中であの時のフォル様をオカズにすればきっと充実してリラックス出来ると。
 そして勇美は一人遊びの障壁となるショーツを短い和服の裾から……。
「勇美はいるかしら?」
 ノックと共に勇美の部屋に彼女に呼び掛ける声が聞こえて来たのだった。
 どうやら一線は越えずに済んだようだ。勇美は安堵感と不満を入り乱させながら声の主に応える。
「はい、いますよ」
 言って彼女はドアの前まで行き、開いたのだ。誰だかは声で分かっている。
「お待たせしました、依姫さん」
 そう、勇美が誰よりも敬愛する存在、綿月依姫であった。
「少し、話いいかしら?」
 そう依姫は勇美に言い出してきた。それを勇美は快く承諾する。
「はい、いいですよ。寧ろ話相手が欲しかった所なんですよ」
 それが勇美の本音であった。先程は一人で抱え込んでいたが為に一線を越えそうになってしまったのだ。悩んでいる時は相談相手を見付けるに限るのである。
 依姫もどうやらその事を察して勇美の部屋に出向いてくれたようであった。
 その気持ちに勇美は嬉しくなりながら、色々話をしていくのだった。
 月で紫を探す為に協力する事になって気持ちの整理がつかない事、初めて依姫と出会った時の事、それからの幻想郷での暮らしについて等々、勇美は気の落ち着くまで依姫と話をしたのだ。
 そして、二人は一頻り話をした所で依姫は言った。
「勇美、色々な事を考えていたのね」
「ええ」
 その言葉に勇美は素直に頷いた。やはりこの人の前だと一番正直になれると勇美は感じるのであった。
 そんな勇美に対して依姫は続ける。
「ちょっと心苦しいものもあった事でしょう。前向きな貴方でも悩む事は当然ですから」
「そうなんですよ~」
 依姫に言われて勇美は心地好さを感じながら言った。いつもおちゃらけているような自分にも悩む事があると分かって貰えて嬉しかったのだ。
「今までにないタイプの異変だから、どんな事が待っているかは分からないわ。
 でも、大丈夫。私もお姉様もいる事だし、貴方は貴方が思うようにやればいいわ」
 そう依姫は勇美を慰めた。かつて侵略が起こる前に姉に海でされたように。
 あの時依姫は豊姫の事で心配だったのだ。その時豊姫は自分逹の師の教えを説いて依姫を諭したのだ。
 今の勇美がかつての自分と重なったのだ。だから依姫は勇美に手を差し述べたのだった。
 そして、気付けば依姫は勇美の頭を撫でていた。
「あっ……」
 こうして撫でられるのは先日の依姫とフォルの勝負の帰りの時以来である。その何度味わっても魅力的な感触に勇美は陶酔してしまう。
「ほら、髪の毛がボサボサになってるわよ。貴方の自慢のサラサラな髪が形無しよ。余り思い詰めない事よ」
「う……面目ありません」
 気恥ずかしい心持ちで、勇美はその身を依姫に委ねるのだった。
 その憩いの時も終わるのだった。勇美の髪は普段の艶やかさを取り戻し、彼女自身もこれ以上ない充実感に満たされたのだ。
「それじゃあね勇美。さっきも言った通り、貴方は貴方が思う通りにやればいいのよ」
「はい、ありがとうございます」
 勇美と依姫は最後の確認をすると、依姫は勇美の部屋を後にすべく入り口まで赴くのだった。
「それじゃあね勇美」
「はい」
 そして、二人は別れ、時が来るまでそれぞれ過ごすのだった。
 ──となる前に一つの話題が存在したのだ。
「ところで勇美?」
「はい、何でしょうか?」
「貴方は年頃の子だから一人遊びは悪いとは言わないけど、真っ昼間からってのは感心しないわね♪」
「ぐふぅ……」
 勇美はその指摘に心を一発K.O.されてしまったのだった。
 再確認しておくと、依姫は既婚者なのである。故に、色沙汰な話題では勇美よりも一枚も二枚も上手なのであった。