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【第二十七話 ダサかっこいい的な何か:後編】
クラウンピースの一癖もふた癖もある炎の攻撃。これに対して鈴仙は分が悪いように思われた。
だが、彼女には今正にこういう時に打って付けの手段があったのである。鈴仙はここでおもむろにスペルカードを取り出して宣言する。
「これが役に立ちそうね。【波符「ウォーターウェーブ」】」
宣言後、狂気の瞳を光らせると、彼女の周囲から水の波が出現したのであった。
「!?」
当然これにはクラウンピースも驚いてしまう。何せ水気も何もない所から、突如として波が押し寄せて来たのだから。
だが、これが鈴仙の能力の真骨頂であったのだ。彼女の能力はあらゆる波状の存在を操る事が出来るというもの。故に水の波も生み出す事が出来るという訳なのであった。
炎に対して水。この分かりやすい図式により、クラウンピースが張った炎のトラップはこれにて解除されてしまったのである。
更にはそれだけではなかった。その鈴仙が生み出した波は、そのまま炎を消した勢いに乗ってクラウンピースを飲み込んだのだった。
「きゃあっ……!」
炎を消されただけではなく、自分にまで攻撃の手が及んで来た。そう思う間もなく、敢えなくクラウンピースは波に押し流されてしまった。
だが、やがて発生した波は無くなり、どうにか彼女は体勢を立て直す事が出来たのだった。
「やってくれたわね……」
そう愚痴るように言うクラウンピースであったが、今は持ち直しているようだった。
そして、鎮火された為に炎による照明効果は無くなり、辺りは元の暗闇に戻っていったのである。
「くうぅ……味な真似をしてくれるじゃないの?」
敵に思わぬ出し抜かれ方をして、クラウンピースは唸った。だが、『ビチクソが』等とは言わなかった辺り、彼女はまだ冷静かも知れない。
そう、クラウンピースはまだ冷静であったのだ。故に、松明で辺りを照らしても鈴仙の姿を確認出来なかったが故に、再び彼女に逃げられた事を悟るのだった。
「まあいいわ。今度はまたもう一人の人間の方を攻めるまでよ」
そう言ってクラウンピースは方向転換をして去って行ったのだった。
◇ ◇ ◇
そして、クラウンピースは標的を再び勇美に定め直した上で行動をしていたのである。彼女は気配を頼りに勇美の元へと向かう。どうやら人間と妖怪(玉兎)から出る波長の違いを彼女は肌で感じ取る事が出来るようであった。
勇美の気配を目指して動いていったクラウンピースは漸く彼女の近くに赴く事が出来たのであった。そこで彼女は独りごちる。
「さっきは兎の方にずぶ濡れにされちゃったからね。その鬱憤は人間の方で晴らさせてもらうとしますかね♪」
そう言ってクラウンピースはスペルカードを取り出す。──例によって頭の帽子の中から。
「【獄符「ストライプドアビス」】♪」
その宣言後、クラウンピースの周囲から、数本の水の束が回転しながら放出されたのだ。やはり、これも数本存在するが故に縞模様のような形状となっている。
そして、今彼女が行っている攻撃は水の束を回転させる事により、彼女を中心にして水の渦が生み出されているという寸法なのであった。
これにより、鈴仙にずぶ濡れにされた腹いせという事で、自分も勇美を水攻めにしようという算段なのであった。この時ほどクラウンピースは自分にも水の力を使うスペルが存在していたのに感謝した事は無かったのだ。
クラウンピースから放出される水の渦は、辺りの岩壁を満遍なく薙ぎ、そして足下は浸水してうまく身動きが出来なくなるだろう。
この水撃で敵にダメージを与えられたらラッキー、そうでなくても水の勢いで追い詰めた所を叩けばいい。クラウンピースの作戦にはまるで抜かりは存在しないのだった。
だが、彼女はまだ勇美の底力への理解が足りない状態なのであった。これで敵は手も足も出ないだろうと思われていた中で、その敵からのスペル宣言があるのだった。
「【渦符「鳴門海峡の名物」】」
その宣言と共に、何故か辺りを浸水していた水はみるみる内にその水かさを減らしていったのである。
「!?」
何事かと確認する為にクラウンピースは松明を翳して調べると、そこには驚くべき光景が繰り広げられていた。
何と、大量の水は生み出された渦に吸い込まれていって排出されてしまったのだった。例えるなら、排水溝の蓋を開けて浴槽の水を抜いたような状態であった。
これは、勇美が海神ネプチューンの力を借りて生み出した渦により出来た荒技なのだった。
そして、その快挙を成し遂げた勇美は得意気に言った。
「何とかうまく行きましたね。目には目を、渦には渦をって訳ですよ♪」
「くぬぅぅ……」
これにはクラウンピースは大いに悔しがった。『目には目を』これは正に今しがた彼女が鈴仙から受けた仕打ちを勇美に向けようとしていた事であった。それを逆にその理論で返される結果となってしまった訳だ。
だが、こうされてもクラウンピースは冷静であったのだ。ここまで来ると、彼女は妖精にあるまじきクレバーな思考の持ち主と言ってしまっていいだろう。
「でも、いいのかな? これであなたの姿も確認出来る事になったけど?」
そう得意気にクラウンピースは言ってけた。
そう、こうも勇美は派手に敵の攻撃を退けたのだ。それ故に敵にその存在を確認する好機を与えてしまったという訳でもあるのだ。
「へええ~、ミニスカート丈の着物なんて地上では流行ってるんだ~?」
言ってクラウンピースははっきりと確認出来るようになった勇美の出で立ちを見ながら興味津々に感想を述べる。
そんな舐めるように見て来るクラウンピースに負けじと勇美は言葉を返す。
「まあね。それはもう結構な位流行っているからね~♪ 寧ろそういうあなたのアメリカタイツの方が珍しいよ」
「そういうものかな~?」
そう言ってクラウンピースは首を傾げるのだった。それは無理のない事かも知れない。自分の文化がどれだけ変わっていようとも、それを他の文化の者の目を通さずに気付く事など難しい事なのだから。
なので、クラウンピースは「それはそうと」と考え直す事にして話を続けた。
「まあ、それはそれで、取り敢えずあなたは今こうしてすっかり姿を確認出来るようになったって事よ。この状況をどうするつもり?」
確かにクラウンピースの言う通りである。今まで上手く隠れながらこの規格外の妖精と渡り合っていたのだ。それが今こうして相手にはっきりと姿を確認されている状態なのである。率直に言えば勇美は今、不利な状態という事だ。
だが、そんな状況でも勇美は決して臆する事はなかったのだった。それにはさすがのクラウンピースも訝る事となる。
「な、何であなた。今のこの状況で平然としていられるってのよ!?」
そういきり立つクラウンピースに対して、勇美はすこぶる落ち着いた態度で、諭すようにこう言った。
「確かに私『だけ』じゃ、この場はマズかったかも知れないどね……生憎今は、『私達』なんだよね~」
「それってどういう……」
その言葉をクラウンピースは言い切る事が出来なかったようだ。何故なら……。
「悪いけど、あなたの後ろを取らせてもらったわよ」
勇美でもクラウンピースでもないその声の主は、他でもない鈴仙・優曇華院・イナバからのものであった。そして、彼女は間髪入れずにスペル宣言を行う。
「【波符「幻の月(インビジブルハーフムーン)」】」
宣言の次の瞬間、鈴仙が構えると彼女の前方から半月型の赤い波状のエネルギーが放出された。その規模は工場で使うような大型のカッターのそれのレベルであった。
「しまっ……!」
言い切る余裕が出来なかったクラウンピースは、その大型のエネルギーの刃にその身を刻まれてしまったのだった。
そして、彼女はその場に倒れてしまった。その物理的にも精神的にも打ちのめされた状態で彼女は呻き声を漏らす。
「ううぅっ……」
その様子は苦悶に満ちていた。そして、今こそ勇美達はここでとどめを刺して戦況を優位にする最大のチャンスであっただろう。
だが、彼女達はそうはしなかったのだ。そのような手段を選ばない戦い方をしてでも勝ちたいという気持ちは毛頭無かったからである。
例えそれが、今のように勝ってこの大惨事である異変を解決しなくてはいけない状況であってもであった。そのような卑怯な手段で掴み取った平穏には如何程の価値があろうというのか。
確かに勇美は依姫の下で修行を積むに当たって、自分には彼女のような実力も精神もないが故に多少手段を選ばないような勝利を目指すようになっていた。
だが、それにも限度があるというものである。人の道を踏み外したような卑怯、卑劣な手段には勇美は踏み切りたくはなかったのだ。それは仮にも依姫の下で鍛練を重ねたが故に、彼女の心意気に応えたいが為であった。
鈴仙とて勇美と似たような心境であった。彼女ももう、卑怯な事はしたくはなかったのだ。そういうのは、依姫の下から逃げたその事だけにしておきたいのである。
そのような思惑の下、二人はクラウンピースが起きるのを待ったのであった。そして、その間に彼女は起き上がり、体制を整えたのである。
「……」
そして、体制を整えつつ、クラウンピースは今しがた思った事を口にする。
「どうして私が起き上がるのを待ったの?」
「それは、追い打ちを掛けてまで勝ちたいとは思わないからだよ」
「右に同じですね」
クラウンピースの疑問に、勇美と鈴仙の二人は迷わずにそう答えていったのである。
そんな二人に対して、クラウンピースは呆気に取られつつもこう返す。
「いい心掛けね。でも、その優しさが命取りだったって事を今から教えてあげるわ!」
言ってクラウンピースは新たなスペルカードを取り出す──無論頭の帽子の中から。
「【獄符「ヘルエクリプス」】!」
その宣言の後、辺りに変化が起こっていったのである。
上空に太陽が現れたかと思うと、そこに月の影が覆い被さっていったのだ。それは正に『日食』だった。
しかし、特筆すべきはそれが『洞窟の中』で引き起こされた現象であるという事だろう。天井の存在する洞窟の中で、上空で起こる日食の光景が繰り広げられていったという事なのである。
更には、それ自体普通の日食とはかけ離れていたのだった。
普通は日食ともなれば、月が太陽を覆うが為に辺りは暗闇に包まれるというもの。だが、今の状況は全くを以て真逆であり、目映く明るい光が生み出されているのだった。
これは『地獄の日食』と銘打っているが故に、普通の日食とは様相が違うという事であろうか。それと同時に、こうして洞窟内をまんべんなく照らし出している為、非常に理に敵ったスペルになっていると言えよう。
つまり、クラウンピースはこのスペル一つで戦況の流れを自分の方へと持っていったという事である。
「さあ、二人とも丸見えになった事だし……どう攻めさせてもらおうかな♪」
言いながらクラウンピースは、二人を交互に舐めるようにして見据えていたが、ここで考えは決まったようで意を決して結論を出した。
そして、ここで例の如く帽子の中からスペルカードを取り出す。
「これに決めた☆ 【「フェイクアポロ」】!」
その宣言が行われると、急激に辺りの様子に変化が感じられた。何やら激しい重圧感が勇美と鈴仙を襲うのだった。
「一体何!?」
「勇美さん、あれを見て下さい!」
戸惑う勇美に、鈴仙は的確に指示を出す。そして、勇美がその指示に従い天井──があった上空を見ると三機の飛行物体が迫っていたのである。
それは、ロケットの形状をしたミサイルであった。さしずめ宇宙船アポロの模造品といった感じだ。
勿論それらはロケット型のミサイルである為に、ただ上空を飛んだりはしていない。それらは一心不乱に勇美達を狙って地上へと向かっていたのだった。
「どうかな、あのミサイル達に狙われて今か今かと迫られる気持ちは?」
これで勝負あったと決め込むクラウンピースは、さも得意気に二人に対してのたまっていた。
「くぅっ……これはマズい」
それに対して、当然勇美は行き詰まった風に苦々しげに呟いていた。彼女は顔を下に向けていてその表情を窺う事は出来ない。それを満足気に見据えるクラウンピース。
この相手の反応からも、もう自分の勝ちで決まりだろう。そう思い彼女はふんぞり返っていた。
だが、どうやら話の結論を出すには早かったようだ。
「なぁ~んてね☆」
そう言って勇美はその顔を上げると、ニヤリと笑みを浮かべて見せたのだった。そして、何故かその目は閉じられていたのである。
「な、何であなたは笑っているのよ! それに何で目を閉じて……!」
「そろそろ気付かない?」
勇美は狼狽するクラウンピースの質問に答える代わりにそう言った。
「何を言って……!?」
そう言い切ろうとしたクラウンピースであったが、どうやらそれは敵わなかったようだ。
彼女はようやく気付いてしまったようだ。自分の平行感覚が乱れ、その視界までも歪んでいる事に。
「あ……れ……? あたい、どうしちゃったの……?」
「その答えはね、後は宜しく鈴仙さん♪」
「任されました♪」
勇美に言われた鈴仙は、意気揚々と彼女からバトンタッチを引き受け、そして説明していく。
「それはですねクラウンピースさん。率直に言えば私の狂気の瞳の力という事ですよ」
成る程、確かにこの感覚の乱れは狂気の瞳の影響そのものと言えるだろう。だが、それでもクラウンピースは合点がいかないのであった。
「でも、それはおかしいよ! あたいは確かにあなたの目は見てない筈よ!」
「そろそろ気付きませんか?」
「……あっ!?」
そう鈴仙に言われたクラウンピースは漸く悟る事が出来たようであった。
その答えは、遥か上空に浮かぶ日食のビジョン。その黒い筈の日食が禍々しい深紅色に染まっていたのである。
「あなた……まさか!」
「そう、あなたの創り出した日食に私の狂気の瞳の力を映し出させて頂きました☆」
「な、何て……」
その事実を知らされて、クラウンピースは驚愕という言葉では表現しきれない衝撃に襲われてしまう。
これにより取り乱したクラウンピースには隙が出来てしまった。だが、それにも勇美は油断する事なく次の手に出る事とする。
「【奪符「マシンジャッカー」】……」
そう言って勇美は、『天探女』の力を備わせたブラックカイザーに指令を下したのだ。
天探女……この神の力は一体どこから来たというのだろうか?
その答えは、月の都で何かとお世話をしてくれた、稀神サグメその人であった。
勇美は彼女に会った時から、サグメが神話で『あまのじゃく』の原型となった神、天探女だとすぐに気付いていたのだった。それは、依姫の神降ろしの力を借りて戦っていく内に身に付けた彼女の『眼力』のような見えない何かなのである。
そして、空いた時間で勇美はサグメに、その天宇探女の力を幾分か貸しては貰えないかと交渉していたのだ。今後の戦いにきっと役に立つだろうからと。
そして、今のこの状況からも判断出来るように、サグメはその申し出に対して快く引き受けてくれてこうして勇美が今その力を使えるに至っているという訳である。
このようにしてサグメの協力の下、勇美はこの勝負に蹴りを着ける為のスペル発動を行うのだった。
そして、彼女が何をしたのかはすぐに分かる事となるのである。その答えはクラウンピース自らの口から語られる事となる。
「まさかあなた……、『ミサイル』に……?」
「ご名答♪」
そのやり取りが示す事。それは勇美は先程のスペルによりフェイクアポロにハッキングし、そのコントロールをジャックしたという事であった。
そして、ミサイルの主導権を手にした勇美は、遠慮する事なくそれらの行き先をクラウンピースに向けたのだった。彼女は今、狂気の瞳の力により平衡感覚を失っているので、狙いを定めるのは容易であった。
「地獄で会おうぜベイベー♪」
「いや、あたい元々地獄の妖精……」
そう軽口で返すクラウンピースであったが、どうやらそれが彼女に出来る足掻きの限界であったようだ。
そして、勇美が操った三機のミサイルは次々にクラウンピースに着弾していき、一気に彼女は爆炎に包まれたのだった。