雷獣ケーキ

東方を中心に二次創作小説やゲームデータを置いたり、思った事を気ままに書いていきます。

【MOONDREAMER】第21話

【はじめに】の内容を承諾して頂けた方のみお進み下さい。

 【第二十一話 姉の方は別に……:後編】
 昨夜紅魔館で初めて美鈴の気孔を施してもらい、体調が良くなりすぎて興奮していた勇美。そんな中、絶妙なタイミングで豊姫が現れ、彼女行き着けの喫茶店に誘われていい機会だと思ってそれについていった勇美であった。
「いらっしゃいませ、お二人様ですね」
 店の中に入ると受け付けのウェイトレスの人がそう言って迎えてくれた。
「はい、二人です」
 豊姫がそう説明した。
「それではお席にご案内します」
 そして二人はウェイトレスに案内され、後をついていった。
 そんな中、勇美は疑問に思った事を口にした。
「禁煙席か喫煙席については聞かないんですね」
 それに対して豊姫はこう答える。
「うん、幻想郷に煙草はないからね」
「えっ、そうなんですか? でも確かに言われてみればそうですね」
 勇美は一瞬驚くも、すぐに納得したのだ。
「どうしたの?」
 それでも不思議そうに振る舞う勇美に対して豊姫は聞いた。
「いえ、外の世界から来た私には違和感がありまして……。でも、いい傾向ですね」
 豊姫に対してそう答える勇美。
 それが勇美の率直な感想であった。
 確かに煙草を手離せない人も多いので、これを完全なメリットとするには問題があるだろう。
 だが、酒は適量なら薬にもなるものだが、煙草は基本的に肉体に害にしかならないものである。
 それが幻想郷にないのは理想的であると言えよう。
「確かに勇美ちゃんの言う通りかも知れないわね。これも『あいつ』が取り入れないように勤めている賜物って事かしらね」
 そう豊姫は、半ば独り言として言った。
『あいつ』。かつて月への侵略に立ち向かう際に、豊姫に託された任務で対峙した幻想郷の管理者である。
 彼女とは決着が着いたと思われる展開にまで追い込んだのだが、それは全て彼女の手の平の上で踊らされていた事であったのだ。
 だから豊姫はもう一度彼女に会って決着を着ける機会を欲しているのだった。
「こちらのお席になります」
 だが、ウェイトレスに席を案内された所で一旦その思考を中断する事にしたのだった。
 そして二人は案内された席に座った。
「中もいいですね、座り心地が最高です」
「そう言ってもらえるとこっちも嬉しいわね」
 豊姫も自分の憩いの場が気に入ってもらえてご満悦のようだ。
「早速注文だけど……ピーチティーしかないけど、いいかな?」
「駄目です」
 勇美はきっぱりと言った。他にもメニューはあるだろうとか、睡眠薬でも入れる気かとか、そもそもこの店を気に入ったのはそのメニューがあったからとか、突っ込み所が多すぎたのだ。
 それ以前に『ボケ型』だと思う自分を突っ込みに回させられて、勇美は調子が狂うのだった。
 しかし、ピーチティーは案外美味しそうだと勇美は思った。
「はい、私もピーチティーにしてみます」
「うん、いい選択よ」
 そう言って勇美は豊姫の提案に乗ったのだった。
 そして、二人はピーチティーを店員に注文してしばし待つ事にした。
 そんな中豊姫は勇美に話し掛ける。
「勇美ちゃん。最近の幻想郷での暮らしはどう?」
 そう豊姫は聞いてきたのだ。
 それに対して勇美は迷わず答える。
「はい、とても充実しています」
 それは歯切れの良い返答であった。豊姫の表情も自然と綻ぶ。
「それは良かったわ」
 そう豊姫が返す最中、注文の品がやって来た。
「こちらが、ピーチティー二つになります」
 そう言ってピーチティーをテーブルに置く店員に二人は「ありがとう」と礼を言った。
 店員が去った後、二人は早速一口堪能したのだ。
「あ、美味しいですね」
「でしょう~♪」
 勇美に言われて豊姫も嬉しくなったようだ。
 確かにお世辞ではない味わいがそこにはあったのだ。桃のまろやかな甘味と紅茶の酸味が絶妙に絡み合い、口の中で楽しませてくれるのだった。
 巧みな味わいにより頭に刺激が行き冴えわたった勇美は今まで豊姫に抱いていた疑問をぶつける事にしたのだった。今こそいい機会なのである。
「あの……豊姫さん」
 そして、意を決して勇美は口を開いた。
「ん? 何かしら?」
 豊姫は聞き返す。なお、普段はピーチティーに夢中になり返事は二の次になる所であったが、この時ばかりは勇美の空気を読んで真剣に答えたのだ。
「あの、あなたの事は色々聞いたり調べたりしました」
「うん、そうなんだ?」
 それに対して豊姫はさらりと返す。
『調べた』。そのような言い回しをされては快く思わない者は少なくないだろう。だが豊姫は別段気にした素振りを見せてはいないのである。
 その事で勇美は豊姫が心優しい人である事を感じ取り始める。だから、今ここで踏み込んだ事をすべきだと思ったのだった。
「何故、紫さんの作戦を阻止する時に『あんな事』を言ったんですか?」
「ああ、その事ね……」
 勇美にそう切り出されて、豊姫は目を細めてどこか物思いに呟いた。
 勇美の言う『あんな事』。それは豊姫が一緒に連れたレイセンの前で散々地上やそこに住む者を蔑み、あまつさえ自分の住む月の優位性を持ち上げる発言をした事である。
「それを豊姫さんの本心から言ったとは思えないんです」
「……どうしてそう思うのかしら?」
 豊姫は微笑みながら言う。そこからは勇美が何を言おうと受け止めようという姿勢が見てとれるかのようである。
「まず、豊姫さんは地上の兎さん達とも仲良くしていたじゃないですか。本当に地上を嫌っているならそんな事はしないでしょう?」
 そして勇美は彼女が面識のない、『浦島太郎』として伝えられ有名になった者の事も挙げた。
「でも、兎さんを帽子の中に入れてお持ち帰りしようとしたのは感心しませんけど」
「あ、あれは出来心だったのよ」
「いえ、故意犯に思えてなりません」
「うっ……」
 豊姫は言葉を詰まらせた。どうやらこの言い合いは勇美に軍配が上がったようだ。
 そんなしょうもない勝利への余韻には浸らず勇美は続ける。
「それに、ここからが重要だと私は思うんですよね」
「何かしら?」
 ささやかな敗北により、やや凹んでいる豊姫であったが続きを促した。
「それは依姫さんがあんなに立派な人になってる事ですよ。例えば依姫さんが豊姫さんを反面教師にしていたとしたら、ああはならないでしょう……私は母親が問題ある人だったからよく分かるんです」
 そう勇美は言い切った。
 それこそが彼女が一番感じる事であり、揺るがない真実なのであった。
 その勇美の言葉を聞いて、豊姫は暫し呆気に取られるかのような心持ちになるが、意識を持ち直して生まれた疑問をぶつけた。
「それにしては、勇美ちゃんはいい子よね」
 尤もな指摘だろう。問題のある母親に育てられた勇美が、何故まっとうな考え方が出来るのか。
「それはですね、妹の存在あってこそなんですよね。今どうしてるかな『楓』~♪」
 そう漏らしながら両手でハグをするポーズをする勇美。どうやら物凄く妹の事を溺愛しているようだ。
 それを見ながら豊姫は微笑ましい心持ちとなった。──この子にも自分と同じように愛する者がいるのだと。
「嬉しい事言ってくれるわね、あの子──依姫の姉として喜ばしいわ」
 そう言って豊姫はふんぞり返るように胸を張って言った。
「豊姫さん……結構胸ありますね」
 勇美は歯噛みしながら言った。嫉妬のオーラ丸出しであった。
「あ、ごめんね」
「謝らないで下さい、余計に惨めになりますから……」
「うん、分かった」
 と、またしても胸の事で場の空気をおかしくしてしまった勇美は仕切り直す。
「……とまあ、私が言いたいのは、豊姫さんが本当は地上を見下すような人じゃないのに、何でああいう事を言ったって事なんですよ」
「それはね……」
 そこで豊姫は一息置いて呼吸を整える。
「ところで勇美ちゃん、世の中綺麗事だけで通ると思う?」
「?」
 この突然の質問に勇美は首を傾げてしまった。だがすぐにその答えは出る事となる。
「答えは『いいえ』です」
 それが彼女が痛感する現実であった。
 彼女はこの14年の人生の中でも不条理な目に遭って来たのだ。特に理不尽な母親の存在が極め付きとなっていた。
 そして豊姫は続ける。
「そう、それが現実よ。悲しい事だけれど」
「……」
 そんな豊姫に対して、勇美は無言で受け止めるしかなかった。
 しかし、彼女は疑問に思い質問した。
「でも、それと豊姫さんの事はどう関係あるのですか?」
「それはね、依姫の事よ」
「依姫さん……」
 豊姫にそう言われて勇美は合点がいった。
 依姫はスペルカードを受け入れる等、敵であっても敬意を示す武人であり、見習うべき所が多いのだ。
 だが、軍人や守護者としては、それでは甘いのである。そして時に冷徹な言動を取れなくてはいけないのが世の中という訳である。
「つまり、豊姫さんは依姫さんの代わりに汚れ役を引き受けているって事ですね」
「察しがいいわね」
 豊姫は頬笑みながら言うが、いつもの間の抜けたものではなく、どこか引き締まったものとなっていた。
「あの子にはいつも正々堂々としていて欲しいからね。あの子が卑怯な事する所なんか見たくないでしょ?」
「その通りです」
 勇美も同意した。いくら非情になる事が必要なこの世であっても、依姫が情け容赦なくなるような場面には居合わせたくないものである。
 その思いは周りの人間のエゴと言える事かも知れないが、同時に依姫自身非情にはなりたくないのも事実である。つまり、依姫が武人でいる事は周りと本人の双方が望んでいる事なのだ。
「成る程、豊姫さんが依姫さんの代わりに汚れ役を務めているというのはよく分かりました」
 そう勇美は一つの結論を付けるが、まだ腑に落ちない事があったのだ。
「でも、何でレイセンさんの前でそう振る舞ったのですか?」
 それが最後に残った疑問なのであった。レイセンの前では、わざわざ汚れ役を務めなくても良いだろうと。
 その疑問に対して、豊姫はこう答えていった。
「それは、敵を騙すにはまず味方からって言うでしょう? あの子は兵士になったばかりだったから未熟だった訳で、私の本当の考えを言ったら境界の妖怪の前でボロを出しかねないと思ったのよ」
 その豊姫の主張を勇美は納得した心持ちで聞いていた。レイセンには失礼だが、確かに彼女はそそっかしそうに勇美は思えたからだ。
 勇美がそう思う中、豊姫は続ける。
「それに、『百聞は一見にしかず』よ。口で私達月人がどういう思想なのかを説明するより、実際にどういう言動をするのか身を持ってあの子には知って貰おうと思った訳よ」
 それで豊姫は散々地上やそこに住む者をこけ下ろし、迷いの竹林を素粒子に還そうとする素振りを見せたのである──これが月人というものであると。
「でも、そのやり方だとレイセンさんに間違った思想を植え付けかねませんか?」
 豊姫の考えを理解した勇美であったが、その方針の危険性に気付き指摘した。
「その点は大丈夫よ。あの時レイセンは私に恐れのようなものを抱いていた素振りを見せていたから月人のやり方は容認しなかっただろうし……」
 そこで豊姫は少し間を置き呼吸を整えて続けた。
「それに、依姫がいるんですもの。レイセンに間違った認識をさせたままにはしないわよ」
 そして満面の笑みでそう言ってのけた。
 そこまで聞いた勇美の心は実に晴れやかなものとなっていた。今までつっかえていたモヤモヤが一頻り払いのけられたのだから。
「豊姫さん、ありがとうございました。お陰でスッキリしました」
「どういたしまして。こちらこそ勇美ちゃんを悩ませてしまっていたみたいでごめんね」
「いいえ、謝る事はありませんよ。豊姫さんは自分の役割を全うした訳ですから」
「ありがとう♪」
 二人はそう言ったやり取りをして、互いに笑顔を見せあった。
「ところで勇美ちゃん」
「何ですか?」
 今度は何だろうと思って勇美は聞いた。
「さっきは勇美ちゃんの認識に合わせて『レイセン』って呼んだけど……」
「?」
「あの子はもう『レイセン』じゃないのよね~」
「どういう事ですか?」
 豊姫の発言の意図が読み取れずに勇美は首を傾げる。
「それは今後のお楽しみよ♪」

◇ ◇ ◇

 一頻り話をした二人は温くなっては勿体無いと、注文したピーチティーを飲み終えた所であった。
「でも、本当に豊姫さんは桃が好きですよね~」
 勇美は感心と皮肉が入り雑じった心持ちでそう指摘した。
「そりゃあ、こうも私は汚れ役や引き立て役を務めてたら糖分が欲しくなるわよ~」
「う~ん。納得出来るような出来ないような理屈ですね」
 勇美は頭がこんがらがるような感触に襲われていた。そして、それでも糖分の摂りすぎは危険だよと指摘しておいた。糖尿病にでもなったら、いくら月人でも洒落にならないだろうと。
「でも、豊姫さんが依姫さんにとって、これまで以上に無くてはならない存在だと分かって良かったです」
 そう言い始める勇美。だが、彼女は何かそれ以外の事を察したようで、それを口にし始めた。
「それでも、豊姫さんは依姫さんにやらせたくない事を埋め合わせるだけで終わらせる人じゃないですよね」
 それが、今回勇美が感じ取った事であった。本当に誰かの一部として終わって満足するような人なら、実際にいざという時誰かの支えになる事など出来ないだろうから。
「ええ、その通りよ♪ よく聞いてくれました」
 勇美にそう言われて、豊姫はいつもの悪戯っ子のような無邪気な笑顔で言った。
 そして、ついに豊姫は自分の密かな目標を語り始めた。
「私の夢は『獣医』よ」
「獣医さんですか」
 確かにそれは豊姫さんらしいと勇美は思った。あれだけ玉兎、地上の兎問わず兎が好きなのだから、動物自体が好きでもおかしくないなと。
「いい夢ですね、素敵ですよ」
 そう勇美は豊姫の夢を褒めながらも、それを叶えるのは難しいと思うのだった。
 それは依姫と豊姫は月を守護し月と地上の関係を取り持つ役割があるからだ。そしてその代わりは少ないだろう。
 実力面では姉妹以外にも守護者をこなせる者は月には多いだろう。問題は人格面である。
 豊姫がレイセンの前で振る舞った姿こそが月人の一般的な姿であるのだ。だから、姉妹以外には地上に対して友好的な者は少なく、地上に危害を加えようとする者が多いだろう。
 だから姉妹はそう簡単に守護者の役職から離れられないのだ。故に豊姫の夢を叶えるのは困難なのだ。
「叶うといいですね」
 勇美はそう答えるしかなかった。だが彼女は心に決めるのだった。
 自分が生きている間には月人の問題は解決しないかも知れない。だけど自分も生きている内に綿月姉妹が本当にやりたい事が出来る手伝いを何かしようと。
 そして、勇美はそれを口にする。
「私、もっともっと依姫さんの元で修行します。それが今の私に出来るお二人への貢献ですから」
「嬉しいわ。でも無理にしなくてもいいのよ」
 豊姫は目を細めながら憂いを含ませて言った。自分達の夢に他の人を巻き込むなんて御法度だと思いながら。
「いいえ、これは私もそうしたいと決めた事ですから」
「それならいいわ。でも、くれぐれも無理はしないでね」
「分かっています」
 そこでこの話は決着は着いたのだ。だが、豊姫は新たな話題を挙げてきた。
「ところで勇美ちゃん、あなたの夢ってあるかしら?」
「えっ?」
 この質問に勇美は虚を突かれた。まさか今度は自分に話題が振られるとは思ってもみなかったからである。
 だが、勇美が躊躇ったのは質問されるのを予想していなかったためであり、質問に対する答えは既に彼女の中で出ていたのだ。
「はい、私は小説家になりたいです」
 そして勇美はその理由を語り始めた。
 母親の存在により夢や理想を壊される環境で育った自分だからこそ人に夢を与える仕事に就きたいと元々思っていたのだ。
 それに加えて彼女が幻想郷に迷いこんだ事も大きく影響していた。恐ろしいながらも奥ゆかさを持ったこの世界に触れている内に、自分もそういう世界を文面に再現したいと切望するようになっていったのである。
「人に夢を与えたいという気持ちと、幻想郷を大切に思う気持ち、とてもいい夢だと思うわ」
「ありがとうございます」
 豊姫に褒められて、勇美は照れくさそうにはにかんだ。
 そして、勇美は今新たに決意した事が出来たのだ。
「あの、最後に一ついいですか?」
「はい、どうぞ」
 申し出をする勇美を豊姫は促す。
「私決めました……私はこれから『悪』を目指します」
 勇美の口から出たのは、そんな突拍子もない内容であった。普通の人がそれを聞いたら、気をおかしくしたのではないかと思うような事である。
「そう……」
 しかし、豊姫はそんな勇美の発言を一切取り乱す事なく、実に落ち着いて聞いていた。
「先日、レミリアさんと戦って感じたんです。あの人は吸血鬼という世間から嫌われるような、退治されるのが慣わしのような種族でありながら、それを誇りにして一生懸命な人だって」
 そう言い始めた勇美を、豊姫は無言で、だがとても優しい表情を向けていた。
「だから、世間から『悪』と認識される人でも素晴らしいものを持っているんだと思ったんです」
「それが、勇美ちゃんが悪を目指そうと思った理由?」
 豊姫は聞いてくる。
「いいえ、それだけじゃありません。今日、豊姫さんと話をした事も大きいです」
 そこで勇美は一呼吸置き、続ける。
「悪である事を誇りにしているレミリアさんとは形が違うけど、豊姫さんも信念から悪を背負っているのは同じだと思いました」
「それは光栄ね」
 豊姫は優しく言う。普通なら月人が地上の吸血鬼と同じに扱われては憤慨してもおかしくはないだろう。だが、豊姫はその例に漏れていたのだ。
 そして、勇美は他の理由を挙げた。それは自分が育てられた環境の影響で、自分は正義にはなれないと思う所からであった。まっとうな善人としては扱ってもらう事が少なかったからだ。
 人の言う事を真に受けるな、という人もいるだろう。だが、そういう育てられ方をした者は柔軟に自分自身を評価する能力が薄れてしまうのだ。
 そして、最後の理由を勇美は豊姫に話す。
「後、依姫さんから教えてもらう事を貪欲に吸収するには、いい子ちゃんでは駄目だと思うんですよね。どんな手段を使ってでも教えられる事をモノにしていかなくちゃって」
 それが依姫に対する自分なりの敬意だと、勇美は付け加えた。
 そこまでを聞いていた豊姫は、突然勇美の頭を撫で始めたのだ。
「なっ、何するんですかぁ~!」
 突拍子もない豊姫の行為に勇美は顔を真っ赤にする。
「すごいわ勇美ちゃん、こんなに若いのにそんな立派な事を言うなんて~♪ それにしても勇美ちゃんの髪ってサラサラで撫で甲斐があるわねぇ~♪」
「だ、だからってやめて下さい~!」
 勇美は抗議すると、豊姫はピタリとそのはめを外した行為を止めたのだ。
「はい、止めました。これで文句ないでしょう」
「うっ……」
 思わず勇美は言葉を詰まらせた。さっきまでは嫌がっていたのに、いつの間にか撫でられるのが悦びになっていたのだ。
「やっぱり豊姫さんには敵いませんね……」
 勇美はちょっとすねたような素振りを見せるのだった。
「でも、こういうやり取りって何かエッチ漫画みたいですね」
 だが勇美も負けじと応戦した。
「そういう発言をするとネチョになるからやめようね」
 豊姫は一本取られたような心持ちで言った。
「応援しているわ、勇美。あなたが選んだ道は決して楽ではないけれど」
「存じています」
 豊姫の言う事実は、勇美は十分承知であった。周りからは飄々として楽そうに見える豊姫の振る舞いであるが、今彼女と話して断じて簡単な事ではないと痛感したのだ。
 こうして、豊姫との憩いと、新たな親睦の場は幕を閉じたのだった。

◇ ◇ ◇

「とまあ、豊姫さんとそういう話をしてきた訳ですよ」
 永遠亭の休憩室で依姫と、勇美は朝方の事を話した。
「そう、やっぱりね。気付いていたわ、豊姫が汚れ役を引き受けるのは、私の為だって事を」
 そう依姫は呟く。それを聞いて勇美は思った。やはり依姫と豊姫は互いに深い信頼で結ばれているのだと。
「勇美、今回豊姫と話せて良かったわね」
 依姫はそう感想を述べた。先程の豊姫とのやり取りから学んだ事は、この先勇美を更に成長させていくだろうと感じての事であった。
「ええ、充実した時間を過ごせましたよ」
 勇美もご満悦と言った表情で答えた。
「そして豊姫さんとの親睦によって出来たのが、この『桃と小松菜のグリーンスムージー』よ」
「だからって、何でこんなゲテモノが出来上がるに至る訳よ……」
 依姫は手を額に当てて、勇美が作り出してテーブルに置いた産物に対して項垂れた。それにしても勇美が好きな食べ物は小松菜だったのかとも思いながら。
「むぅ……。ゲテモノとは失礼な。まあ飲んでみて下さいよ」
「気が進まないけど、そこまで勇美が言うなら」
 依姫は意を決する事にした。一口飲んで不味いならはっきりと指摘しようという考えの下に。
 そして、依姫は一見得体の知れない緑色の液体を少し嚥下した。
「あら美味しい」
「でしょ~」
 それは意外に美味だったのだ。桃の甘さと、小松菜が入っていて程よく苦味もあるが、まさか野菜が入っているとは思えない味わいに、半分凍っている事により独特の口当たりが魅力な飲み物として完成していたのだった。