『仮面ライダークウガ』から始まった新時代の特撮シリーズの、通称『平成ライダー』。令和になった今日では今後どう呼称していくのでしょうね。気になる所です。
それはさておき、この平成ライダーは基本的にドラマ仕立ての作風が強く、昭和ライダーのように敵怪人との戦いがエンターテイメント的ではなくてリアルに行われて来ており、子供とってはすんなり入っていくのは難しいような作風となっています(仮面ライダー電王のような例外もありますが)。
それでいて、大人向けでありながら基本的には敵怪人にも正義があるというような描写はほとんどなく(これまた例外があり、555では敵側にも主人公的存在がいたりしましたが)、大体が意思疎通や共感するような要素のない『悪』の色が濃いですね。
これは、ライバルシリーズであり子供向け作品群である『スーパー戦隊シリーズ』以上に徹底しています。
以外に戦隊の方が私好みの武士道的な敵役が登場する可能性を秘めているようですね。私の知る所では『ビッグフットの筋グゴン(天装戦隊ゴセイジャー)』や『バリゾーグ(海賊戦隊ゴーカイジャー)』辺りが印象に残っています。
話を平成ライダーに戻すと、敢えてそのような武士道的敵キャラを廃した事、これが大きな意味があるのではないかという内容です。
それは、平成ライダーが『ドラマ』としての意味合いを多く持たされて作風を築き上げられていった事にあるでしょう。
極端な例を挙げれば、武士道的敵キャラの草分けと言えるでしょうFF4のルビカンテのように、『大人が見るようなドラマの悪役が』、ライバル社の社員やら被害者やらに『回復してやろう。全力で掛かってくるのだ』等と言っていたら、最早ギャグにしかならないでしょう。
その事を考慮して平成ライダーはドラマとしての昇華において、それなりの正義を持つといった敵を極力廃止していく方向性となったのでしょう。
※ちなみに、アニメ遊戯王5D'sはそんな平成ライダーの方向性とは違う物を作りたいという考えから、『大人向けでありながら自分なりの正義を持った敵やライバルの登場を作品の肝にする』という表現を用いたと思われます。